今日あったこと。
道路挟んで向こう側の道、私と同じ方向に女の子が駆けていく。まだ手足が短い。それを母親が追いかける。
その先に視線をやると、男の子が待っていた。小学3年生くらいかな。何か言っているようだが、イヤホン越しなので聞きとれない。親子か。
女の子は押しボタン式の信号の前くらいで立ち止まった。私は向こうに用事があるので、ボタンを押して待った。
ぼーっとしていると、男の子が何かを指差し叫んでいることに気づいた。ナントカカントカがしたからだ、とか。どうしたんだろ。
信号が青になる。親子のいる方へ渡る。
男の子がまだ指を差している。指で何かを追うように、腕を動かしながら叫んでいる。
ここで気付く。私を指差し、私に向かって叫んでいるのだ。彼は。
キミが押したからだ!キミが押したから、出来なかったんだ!というような声が、イヤホン越しに聴こえる。
母親は女の子を抱きしめながら、男の子の手を引いたりしてやめさせようとしている。
ここで私は、彼らの様子をじっと見ていた。なんとなく夢みたいで、見ていたくなったから。
男の子が指差すのをやめない。キミが押したからだ!私にそう連呼する。
とつぜん妹の両肩を掴み、何か言っている。大丈夫だ、とだけ聴こえた。励ましているのか。
この子供は妹のために怒っているのか。妹が押したかったボタンを押されて、お兄ちゃんとして怒っているのかも。
母親は私の顔など一瞥もせず、ただ子供たちを押さえつけている。
妹さんに申し訳ない気持ちになり、謝ろうと少し近づく。ここで女の子の顔を見た。
泣きもせず、ぼうっと立っている。ショックで呆然しているというより……ふむ。
なるほど。謝るのはやめた。
何度も何度も怒られた後、私はてくてくとその場を後にした。背中の方からも母親の声と男の子の叫び声が聞こえた。
さっき目の前にいた子供は、お兄ちゃん"らしく"振る舞いたいだけだ。多分鬼滅の刃の影響だろう。女の子があまり興味なさそうにしていたことから、そう思った。
お兄ちゃんらしいお兄ちゃんになりたい、という気持ちだろ。下の者がいる家庭にとって1番なりやすいヒーロー、それが"兄"なのだ。
だって守る対象って、探さないといないもんだから。
ずいぶん昔、父に叱られ外に出されようとする妹のため、私が父に飛びかかったことがある。父の腕に噛みつき、結果私が外に出された。
母は今でも年に一度、その時の思い出を話してくれる。あの時のことがあったから、アンタは妹が大切なんだなって感じたよーと。
ごめんよ母さん。その時の私は妹に対して、純粋な善意だけで、助けたい一心で行動したわけじゃないんだ。
そういうお兄ちゃんってカッコいいよな、と思ってしまったんだよ。
ま、母さんにも妹にも言わないけどさ。
そして今、今日起こったことをここに書いている。
必死にやめさせる親と、自分か誰かのために怒る子供。それらの声を音楽とごちゃ混ぜに耳に入れ、興味を持って彼らを眺め、そして思ったことを文章に認めている。
ああ、こりゃあ鬼だよ。
と、今書いていて思った。彼が鬼殺隊なら私は斬られてる。