wander around holding a soft oval

日記や雑記を書いています。それらの違いは分かりません。

夏の体調

散歩から帰って皿を洗って、水分補給をしてこのブログを書く。

7月になった辺りで、体調が悪くなることが増えた。大体は胃腸に関するもの、だと思う。去年も同じ様な時期に、同じ様な体調の変化があった。例えばコーヒーを飲むだけでゲップが止まらなくなるとかな。

以前病院で診てもらったが、特に異常はなかった。おそらく冷たいものの取りすぎではないか、ということだった。思い当たる節がありすぎる。冷たい麺類、冷たい水、アイスコーヒー。ぜんぶ美味いものだ。

さて今年、この体調の変化をどう乗り切ろうかと考え、水分補給に工夫をすることにした。なんてことはなくて、飲むための容器を変えたのだった。

今まで私は、象印の水筒を自宅のコップ代わりに使っていた。保温効果がばっちりで、いつまで経っても冷蔵庫から出したての水をガブガブ飲める。水筒なので一度に補充できる水の量も多いので、マメに継ぎ足さなくて良い。何よりゾウのマークがとっても可愛い。

だが多分、その冷たさが仇となっている。夏の身体には結構なダメージなのだ。だもんで夏の間だけ、プラの容器に水を注いで飲むことにした。放って置くとじんわり温くなり、しかし不味いわけでは全然ないので、たっぷり飲めている。これのおかげか、少し調子が良くなった。

 

温度が低いものは、いつもいつでも苦手であった。スーパーの鮮魚コーナー周りとか、もう寒くて仕方がない。若い頃は耐えられていた…というわけでもなく、若い頃も寒い寒いと震えて、風邪を引いたり身体を壊していた。昔から身体は弱いのだが、向こう見ずの間抜け男なので、弱い自分との付き合い方が分からなかった。

今私がブログを書いている部屋にはエアコンがある。のだが、その風が私に直接当たり、寒い。それになんだか目も痒い。エアコンのフィルター掃除をしてみたが大してホコリは溜まっておらず*1、これは風そのものが原因ではないかと疑っているところである。

しかし、作業場所である家のテーブルはデカくでゴツく動かせない。テーブルの脚が邪魔で、自分が座っているイスの位置を変えることも出来ない。エアコンの風向きを変えればいいが、何分古いのでその機能が言うことを聞かない。なすすべなく風にさらされている。

目ばかりでなく、最近は肩こりもひどい。これはゲームのやりすぎも理由としてあるのだろうが、寒さも原因ではないかと思っている。早急に対応すべき、我が家の案件である。

案件と言えば、この前MSFに3000円寄付した。普段からも月1で少額寄付をしているが、今はエボラ病が酷いらしい。MSFからメールが届いた時、私はタリーズでアイスコーヒーを飲んでいた。「オレが快適にアイスコーヒーを飲めているんだから、この人らが薬を受け取れないのはおかしいだろ」と思って、衝動的に寄付した。こういうことは衝動的にというか、道理や賢さを一旦捨ててやったほうがいいと思っている。罪悪感と言うよりは、もっとシンプルな……ま、私が向こう見ずの間抜け男なのは今も昔も変わらないのだ。

最近の体調については、特に書くことも無いので終わる。あ!そうだ。

私はコレステロールが高いので、3か月くらいに1回血液検査をし、毎日薬を飲んでいる。家族は「たぶん遺伝とかもあるからあまり気にしないように、でも納豆を食べると良いぞ」と教えてくれた。お医者さんからは魚を食べて毎日歩き、卵を食べるなと言われている。

で、7月頭にいつもの血液検査をした。結果は8月に出る。病院からの帰りに、何か食べて帰ることにした。ここまで頑張った自分を労うために。

メニューが数種類しかない食堂があり、そこに入店。チキンとキーマの半々でカレーを注文した。案の定ゆでたまごが乗っかっていた。これを楽しみにしていた所がある。とっても美味しかった。ここの味噌汁には、カレー用スプーンとはまた違う小さい匙が添えられており、食べやすい。その心遣いが嬉しい。

私が食べている間に他のお客さんがいなくなり、店長とそのお母さん、私の3人だけになった。すると店長とお母さんが「今日のお昼何にする?アレがあるからアレとあれで」等と会話をしていた。しばらくすると店長さんは別室に移動しご飯を食べ始めたのだが、その部屋のドアが全開になっており、私から室内の様子が丸見えである。だが店長はお構いなしにお昼ゴハンを食べている。二人でお昼を食べているようで、なんだか嬉しかった。店員さんと同じ場所でご飯食べていられるのって、なんか嬉しくないですか。

会計をすると、お母さんが入口まで見送ってくれた。ただカレーを食べたこの俺を、だぞ。ありがたいことである。また来ます。

今日はここまで。

その時のカレー。全部うまい。またコレストロール制限がんばろう。

*1:サーキュレーターと掃除機フィルターにはビッチリホコリが溜まっていたので掃除した!

ナスのような肌触り

日課の散歩をしていたら、2匹のアオスジアゲハが天に向かって飛んでいく様子を見かけた。一匹はその言葉の通りまっすぐ空に登っていくのだが、もう一匹は相手の周りをぐるぐる旋回しながら追いかけるように登っていく。これが二匹ともフラフラ飛んでいるなら、仲睦まじいな~とかケンカしてんのかな~と思えるが、まっすぐ登っていく方はもう片方など歯牙にもかけない様子でぐんぐん飛んでいくのだ。繁華街の客引きをスルーして家に帰ろうとする人みたいで、なんか格好が良かった。一瞬歩道の方に目をやって、また蝶を見ようと振り返ったら、もうあの二匹はいなくなっていた。野生動物って、目を離すとすぐにいなくなる。

 

散歩から帰って家事をして、それから午後まで作業をしていた。私は実況プレイ動画を投稿する活動をしているのだが、昨日空いた時間にささっと動画を収録しておいた。それをさっさか編集する。まったく手をかけない。なんならAIに任せても良いくらい。まぁ任せないが。動画編集は楽しいが、他の楽しいこともしたいのだ。例えばゲームとか。結局ゲームじゃん。いいんだよゲームが好きなんだから。ひょんなことから彫刻刀をゲットしたので、何か彫ってみたいなとも思っている。したいことは全部やろうと思っている。

 

午後の2時になり、支度をして出かける。移動中はポッドキャストを聴いていた。ぼる塾のトーク番組。餅などに入っているアンコの話になり、アンコはSNSに載せる奴が全然いないだけでアンコ離れが起きているわけではない、SNSがすべてなわけがない、家族は大切だがSNSに載せないそれと同じだと話していて、その通りだなと思った。自分が見ているものが全てではない。それはアンコだろうがなんだろうが同じである。私はデイリーヤマザキに売っている芋饅頭が好きです。

 

駅から少し離れた場所にある、病院へ着いた。検査の結果、カンジタ菌はいなかったとのこと。薬を塗っていたら痒みは大分おさまりましたと伝えたら、軟膏一本使い切るまで塗り続けて、それで痒みがなくなったらもう大丈夫ですと言われた。会計は430円。今日はズボンは脱がずに済んだ、ちょっと安心。そう、今回は肛門科に行っていた。1か月ほど前から肛門が酷く痒く、市販の薬を塗っても良くならなかった。不安に思って人生二度目の肛門科に行ったのだった。一度目は学生時代、切れ痔が全く治らないのでガンかと思って病院に駆け込んだ。あの時の先生に初めて肛門に指を入れられ、びっくりして「うわー!」と叫んでしまったことを、今でも覚えている。結局薬を塗って治った。あれから十年以上経ち、二度目の肛門科であった。ここの先生は優しく丁寧に診てくれるし話も聞いてくれた。看護師さんも私が股間を晒さないように気遣ってくれて、非常に安心した。肛門を触診する時も声をかけて下さったので、全く驚かなかった。

 

ルンルン気分で買い物をする。ユニクロで新しいパンツを2枚買った。うち一枚はエアリズムシームレスボクサーパンツというもので、触り心地が面白い。特にゴムの部分がつるつる。適切な表現かは分からないが、ナスのような肌触り。尻を締め付けるような下着はやめたほうが良いと、先生に言われたので下着を買い直したのだった。

 

その後カフェで休憩。私の席の周りには一人しか客がいなかったのだが、その客がZOOM会議を始めた。話を聞く限りでは、どうやら動画か映像作品を作るかどうかの案件なようで、客は自身の腕を売り込む側の人間であった。「バズる動画を作りますよ」と、ノートPCに向かって、ハッキリ言った。私は肛門に指を突っ込まれる程度にビックリした。まさか世の中には、本当に、バズるための動画を拵えるクリエイターというのがいるとは。そして本当に、バズらせようと話を持ちかけるとは。歳の頃は30を過ぎている。キャップの似合う男性だ。話は続き、自分がいかに優れた存在なのかをアピールし始めた。動画だけでサラリーマンくらいの月収は稼いでる、借金をしてひどい目にあったがそれを元手に映画を撮った、そのスタッフの中にはシン・ゴジラの照明をやった人がいたんだ、など。私は恐ろしくなって、まだ残っているアイスコーヒーをズコーッと飲み干して、さっさと片付けてその店を後にした。

 

私は自己アピールがとても苦手である。履歴書は100枚ほど買って5枚程度しか完成させたことがない、それくらいには自分の経歴や長所などを人様に伝えるのが苦手である。自分は何者でもないと、心から思っている。実況プレイ動画を拵えて投稿する活動も、別に誰かにチヤホヤされたくてやっているわけではない。されたら勿論嬉しいが。本当は、ただゲームが好きなので、遊ぶついでにカメラを回しているだけだ。Vlogだ。そして私は何者でもない自分が結構好きだ。そういう奴なので、ああいうアピールを聞いていると前頭葉がチカチカしてくる。

 

家に帰り、買ったばかりのパンツを試しに履いてみた。ツルツルしてて面白い。水着みたいと書いたら伝わるか。生憎、男性用の水着以外は試着したことがないので分からないが。それから数時間後、今こうやってブログを書いている。カフェで余り物の食パンを買ってきたので、明日はこれで何か作りたい。今日の晩ご飯はゴマダレの冷やし中華の予定である。昔練りごまを買ったことがあったが、使い勝手が悪くて悪くて、結局ほとんど使わずに捨てた。自分には、ゴマダレは市販のもので充分であると結論を出した。以前拵えたホットケーキについての記事にも、似たようなことを書いた記憶がある。ホットケーキミックスを自作してみたり、ゴマダレに挑戦したり。やってみると、自分に向いている素、向いていない素があることを知れる。カスタードクリームと冷やし中華のタレ(醤油)は自作が好きだ。そういえば最近カスタードクリーム作ってないな。今度やるか。

早起きして腹を壊して一日を終える

eq2p7z5fe.hatenablog.com私は友ではないけれど、ブログを購読しているので手紙を受け取った、ことにした。ご迷惑でしたらすみません。

晩ご飯は春雨の炒め物を作る予定。立ち寄ったドラッグストアで永谷園の麻婆春雨シリーズを眺めていたら、なんだか食べたくなって、でもただの春雨だけ買ってきた。自分でイチから作ってみたくって。

参考にしようと思い永谷園の方のパッケージをよく見たが、春雨は50gしか入っていないことが分かった。意外だ。タレというか具というか、それらが150gくらい。今は塩味や担々味なるものもあって、どれも美味しそうであった。学生の頃は月に1度は食べていた。

 

今日は朝から腹が痛くて、午前9時から午後の3時まで布団の上で悶えていた。それもこれも、朝早起きしてスタバの新商品を飲みに行ってしまったせいである。

バナナアフォガートとかいう名前で、上に生クリームが乗っていないタイプの冷たいドリンク。これなら私も好きかもしれないと思い、ドーナツと一緒に注文した。味は美味しいのだが、なにせ今日は朝から曇っており、外は寒い。そんな中、食い意地と探究心に身を任せてバナナのそれを飲み切り、バッチリお腹を壊してしまったのだ。

「早起きして腹を壊して一日を終える」なんてバカみたいじゃないかと悔しくなり、少し痛みが和らいだタイミングで自宅を飛び出した。外は雨。好都合だ、雨の散歩が好きであるから。街の彩度が低くなる。

練習試合終わりの中学生や保護者の方とすれ違いながら、30分ほど歩いた。小雨が降っている中、橋の上から川の流れを見つめたりもした。なんだ歩けるじゃん私すごいじゃんと喜び、満足して自宅まで歩いて帰った。

帰る途中、ファミレスの前を通り過ぎたが、今日ドーナツ以外何も食べていないことに気付き、引き返して入店。揚げ餃子と蒸し鶏のサラダを注文して、ただ黙って食べた。食べ終わるやいなや、親子連れの団体がやってきたので、そそくさと退散。

今日は良い日とは言えないかもしれないなぁとか、それでも歩いた自分を労いたいなとか、慌てて店を出たから水を飲んでなかったとか。そんなことを考えながら歩いた。お茶を買うためドラッグストアに入り、そこで春雨と出会ったというわけである。

「自分の機嫌は自分で取る」という言葉があるが、あれは誰かの機嫌(自分も含む)が悪い時に唱えるものであり、まるで呪文だなと思う。どこか少し、機嫌の悪い人間(自分を含む)を突き放すような物言いで、「えんがちょ」にも似ている気がする。私は私の機嫌を取るため朝バナナアフォガードを注文し、昼は雨の散歩に出たが、うーんどうだろう。まずまずといったところか。

 

人様のブログにかこつけて、自分の日記を書いてしまった。しかし手紙のやり取りというものは、自身の日記を送り他人の日記を読むことに、近いような気もする。とりあえず寒いので温かくして過ごそう。春雨炒めの他には、昨日発掘した乾燥ひじきを戻して煮る予定。

ぺなぺなのパンケーキを焼く

目覚めると時計は午後6時半を指している。予定もないのでこのまま一日寝ていても良いが、さてどうしようか。頭の中で、自分の家の中をぐるりと一周した。パンケーキの粉の余りが棚の上にあることに気が付く。じゃあそれを焼いてみようかと、ヨイショと身体を起こした。

パンケーキの粉は、GW直前に買ったものである。長期休暇中に楽しいことをしたくて、今まで買ったことのない、ちょっと高いホットケーキミックスを買ったのだ。粉は150gが3袋分あり、うち1袋分をGW中に使って食べた。いつもの粉と違ってもっちりとしている気がして、これはこれで美味しかった。

普段は、テキトーに訪れたスーパーで、一番安い粉を買っている。さっぱりとしていて美味しいと思う。一時期、自分で材料を合わせてホットケーキミックスを自作していたこともあったが、フツーに売ってるホケミで充分美味しいと思ってやめた。

”ホケミ”という略し方は好きではないが、いちいち「ホットケーキミックス」と書くのはめんどくさい。パンケーキとホットケーキの違いは分からない。呼びたい時に呼びたい名前で呼んでいる。

 

共にGWを乗り越えたホットケーキミックスを、溶いた卵と水250g注いであるボールに入れ、菜箸でよーく混ぜてしばし放置。粉のパッケージ裏には「卵1個・水150g」と書いてあるが、その表記を無視した。

今のパンケーキの気分は、厚みのあるタイプでも、しゅわしゅわと柔らかなものでもない。ぺなーっと薄くてもちもちしたパンケーキ。それを目指し、水の分量を多くしつつ、よく混ぜてグルテンに頑張ってもらう作戦である。確かアメリカの方では、そういう薄いパンケーキが出てくるらしい。

いろんな国のパンケーキやその仲間のことを知ってから、おおらかになった。今日はああいうものが食べたい!と思ったら、その通りになるように作る。一つの料理とその類似品に着目しても、またその料理の作り方を見つめても、世界のそれぞれはあまりにも多様で面白い。

この前は図書館で、エジプトの子供の生活を紹介した本を読んだのだが、その家の母親がカーペットの上にペタっと座り、料理道具を広げて調理していて、結構ビックリした。台所じゃなくて、テーブルの上じゃなくて良いんだと思った。

 

溶いた粉をお玉ですくって、熱したフライパンに広げて焼く。今日は鉄のフライパンを使った。鉄のフライパンは今までに幾つか試したが、無印良品の小ぶりのものを気に入り、数年ほど使っている。鉄のフライパンは手間がかかるという問題があるが、無印のはその手間を省くような加工をしており、またサイズが20cm程度の小さなパンなので、手入れが比較的楽なのだ。「小さいタオルと大きい布団はどちらの洗濯がラクか」という話に似ている気がする。

じんわりと焼いて、表面に気泡が出てきたら、シリコンのフライ返しでひっくり返す。このフライ返しは去年無印で買った、ヘラ部分が長いタイプ。このヘラだと、お好み焼きやパンケーキなどを掬っても安定しているので、不器用な私でもひっくり返しやすい。勢いに任せてバチーンとひっくり返すと悲しいことになるし、皿やフライパンの蓋を使った返し方では、失敗した時が悲惨である。

 

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こう書いていて思ったが、私は結構自分なりに、自分と向き合いながら料理を続けてきたのだな。こういうことが苦手だからアレを使おうとか、コレを使いたいけど面倒だからもっと気軽なものにしようとか、ああいうものが食べたい時はこんな工夫をしてみよう、とか。自分は飽きっぽいのだが、自分自身と向き合うことには飽きなかったのだな。そうか。

そういえば最近、上田淳子さんという料理家の方がやっている「料理たのしくなる相談室」というPodcastを聴いている。上田さんが、料理ってどうやったら楽しく出来るのだろうか?と考え、作り方や向き合い方について話す内容だ。◯◯はこう食べろ!△△したらダメだ!等とは言わず、丁寧に優しく伝えるところが好きである。そして少し参考になる。

そう、「少し」参考になる。例えば上田先生の仰っていたサラダの作り方や、お弁当の副菜の捉え方、あとは豚肉の焼き方。これらの回を視聴し、今まで私が気付いていなかったことに気付けて、私のご飯支度に関する技能が増えたような気がする。特にサラダ作りについては自分を満足させられる腕前になった。

しかし他の回、例えば魚の調理全般についてや、蒸し物やレンジ加熱についての回など、私が既に知っていたり身につけていたりすることについて、番組で話していることも多い。この文章を書いている2026年5月現在で、料理たのしくなる相談室は109回配信されているが、うち50回以上は既に分かっていること・知っていることについて語られていたのであった。

 

たかが半分、されど半分である。たとえ知識として分かっていたとしても毎度の調理で必ず行えるわけではなく、また同じ調理をした所で料理家の方と私では天と地ほどの差がある。しかしそれでも、料理について、私は気がついたら様々なことを知り身に付けてきたのだなぁと思ったのだ。一人暮らしを始めてから10年以上、自炊を続けてきた結果だ。

コレに関しては、自分自身を褒めたい。よくここまで生きてきて、色んなご飯を作ってきた。失敗してもめげずに本を読んで挑戦して、自炊を続けてきたものだ。自炊をして10年以上ということは、私は私にご飯を食べさせて10年以上経ったということになる。

作ってきた自分に対して、食べてきた自分から称賛を贈りたい。誰かにご飯を食べさせてもらえたら、感謝を伝えるだろう。それと同じだ。自分ありがとう。そういう気分に、料理たのしくなる相談室を聴いていて、なったのだった。

あ、参考になるかどうかは関係無しに、料理たのしくなる相談室略して”りょうたの”は楽しいので、これからも聴き続けます。聴いていると自分も重い腰をあげて料理したくなってくるので助かっている。料理が上手くなるではなくて「楽しくなるコツ」を教えている所がとても良いと思う。

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ぺなぺなのパンケーキを1枚焼いては、別で用意した大きめのフライパンの上に置き、鉄のフライパンにサラダ油を薄く塗って、またお玉から生地を注ぐ。皿ではなくフライパンの上の方が、冷めにくいような気がする。3枚ほど焼いているうちに、仕事であったイヤなことを思い出した。

私はご飯支度をしている時に、特に単純作業であまり脳を使っていない時?と言えば良いのか?分からないが、そういう時にイヤなことを思い出す。アレは一体何なんだろうな。皿洗いの時なんかは毎度毎度思い出すのでイヤになる。(あ、このことを”りょうたの”にメールで相談すれば良いのか!)

「イヤなことを思い出したら太ももを軽く叩き続けると良い」と教わり、実践したことがある。最初は効いてくれのだが、段々それも効果がなくなってきた。世の中の人はどうしているのだろう。

イヤな気持ちになったので、友人に連絡した。その話を伝えると「ソイツ(仕事先のイヤな人)は死んだほうが良いな」と怒っていた。そこまで言わなくて良いんじゃないかと思う。が、気持ちはスッキリした。代わりに怒ってくれたり、なんならただ話を聞いてもらうだけで随分ラクになる。最近は傾聴の本が流行っているけれど、分かる気がする。話を聞いてもらいたいんだよな。

りょうたのもそういう効果があると思う。料理の本にすら書いていないような小さな困りごとを、誰かに聞いて欲しい。聞いてもらうだけで解決することってある。

 

友人で通話しながら、7枚の薄いパンケーキが完成した。家にある、貰い物のメープルシロップと、カロリーハーフのマーガリンを少しずつかけて食べる。とっても美味しい。この薄いパンケーキは、1枚をぺろんと食べてもいいし、重ねて食べても良いところだ。それぞれに美味しい。フチの部分がカリッとしている所も良い。焼く時に厚みを出さぬよう、フライパンに注がれた生地の中央部分を、お玉で少し凹ませたのも良かった。

8年以上前のことだが、SNSで 料理が出来るようになってきた と投稿したら、フォロワーから「だったら◯◯作ってみろ」と、聞いたことのない料理名を言われ誂われたことがある。

それはどんな料理ですかと聞いたら、ミャンマーで祭りの日に食べる特別な料理だと教えてもらった。彼とは多分、料理が出来るということに対する考え方が違う。

卵焼きにしろ茹でブロッコリーにしろ、自分が作りたい料理をどう作るか、そのイメージに近づいた料理が出来るか。それが可能であることを「料理が出来る」と言うのではないか。私はそう考える。

カキフライが作れると宣って、そのフライを半分ほど爆発させたり、それで腹をくださせたりした場合「カキフライを作れる」とは言えない。まして聞いたことのない、食べたいと思っていない料理を作って、それが何になる。自分が食べたいサラダを作る。子どもが食べたい弁当を作る。それが出来るというものではないか。

まぁ私なら、半分爆発したカキフライもありがたく食べるが。好きなので。

料理好きの人間が二郎系ラーメンを自作し、実際の二郎系ラーメンの店長さんに食べさせた記事のことを思い出した。あれは面白かった。再現性もさることながら、店長の「どんな二郎が作りたいか考えてみて」という意見に対し、笑顔で応えているライターさんが印象的であった。あれはいい記事だった。

 

珍しく沢山文章を書いてしまった。私が思っていたよりも私は、料理全般の話が好きみたいだ。GW中は何度か外出し、外でご飯を食べもしたのだが、結局は自分で作るのが一番好きであることに気がついた。

新玉ねぎをくし切りに切って鍋に入れた時の香りや、冷蔵庫から出したばかりの肉を指で摘んだ時の冷たさ、サバ缶を食べ終わった後の空き缶の生臭さ。ああいうものを感じられるのも、自炊の良いところだと思うのだ。

出来たパンケーキと、昼飯に作った冷やし中華(豚肉・キュウリ・キムチ)。

日記 拾った傘・ナポリタン

この日の天気は曇り時々雨。差したり閉じたりが面倒だったので、普通の傘を持って出かけた。

前回のブログには、折りたたまないタイプの日傘を悩んでいると書いた。そんなもの悩まずにすぐに買えば良いのだが、それを買ったら今使っている傘がいらなくなってしまう。それはなんだか寂しいので、悩んでいる。

今の傘は、確か会社で捨てられそうな所を貰ったんだったかな。その日の仕事が終わって会社を出る直前、雨がザーザー降ってきた。傘を持ってこなかった私は、給湯室の片隅にまとめられていた「忘れられもうすぐ捨てられる傘たち」の中から一本拝借して、それを差して帰ったんだ。

その傘はどこか不思議で、でも他の傘と比べてもどこが違うのかが分からない。そんな傘が気になったので、手にとったのだった。家に帰って傘を畳む時に気がついた。傘の先っぽにマークが書いてあるし、傘の骨の部分が金属ではなかったのだ。

+TIC | Caetla(サエラ)

調べるとこの傘には、制作会社の色々な思いが込められているようだった。そうとは知らず、一番ピンときたというだけの理由でこの傘を持ってきたオイラは、なかなかにラッキーボーイかもしれない。

次の日にこの傘を会社に持っていって事務さんと話し、自分のものとした。それから……1年くらいか。この傘を使い続けているが、今のところ困ったことはない。傘の先っぽが平たいので危なくないし、骨の部分がサビないので綺麗なままだし、傘の表面にエンボス加工がされており濡れたまま畳んでもくっつきにくい。ゴミとして出会った傘だが、随分気に入った。壊れても部品を交換できるそうだ。

雨が降った次の日、骨が折れ無惨に捨てられている傘を見ると、傘もかわいそうだし、それを差していたであろう人のこともかわいそうになる。嫌だよなぁ傘が壊れるのって。

私の手が塞がっておらず、かつもうすぐ家に着くという状況でのみなのだが、私はそんな道端に捨ててある傘を、家に持って帰る。そして分解して、次のゴミの日に出している。その方が、傘も浮かばれるんじゃないかと思って。なお横浜市では、傘を分解して出せば金属ゴミとして無料で出して良いということになっている。

 

傘の話が長くなった。今日は友人と「有名なチェーン店のナポリタンを食べてみよう」と決めていた。そのために集まったのだ。しかし集合時間が昼飯には少し早かったので、それぞれが欲しいものを買うためにアチコチ歩き回った。

私は仕事用のズボンを1着買った。ユニクロの、スッキリとした形のもの。私は短足なので、くるぶし丈のズボンと表記されているのにも関わらず、脚の長さがピッタリであった。ラッキーだ。

今までのズボンは履き心地も良かったのだが、仕事から帰る頃にはなぜか脚が痒くなってしまっていた。綿や化繊など生地の種類の問題かと思ったのだが、調べてみると、少しゆったりと肌に触れている状態のほうが、痒くなりにくいことが分かった。

他にも生地の織り方や加工、柔軟剤などの問題もあるそうで、肌の痒みと衣服の問題は奥が深い。とりあえず密着していると痒くなるのかもしれないので、ゆとりのある新しいズボンを買ったのだった。まだ使えるのに捨ててしまうのは勿体ないので、今度ブックオフに持っていって引き取ってもらう。

先程の傘の話と少し繋がるんだが、金や土地に僅かばかり余裕が出たとしても、私はポンポンと物を買えない。その理由は幾つかあるけれど「買うということは未来のゴミを一つ増やすことでもある」とも思っているから、かもしれない。物を手に入れることへの覚悟というか責任というか、それが関係しているのかも。

そういう責任感が私よりもっともっと強い人は、ハナからユニクロで衣服を買わないかもしれないな。傘もささないかも。

 

暇なので本屋もぶらぶらした。絵本コーナーにあった本をペラペラとめくり、なんか驕ってるなぁこの作者と思いながら、ナポリタンの店に向かった。時々そういう絵本に出くわすと、少しブルーな気持ちになる。新書でも単行本でもなく、絵本で出会うと落ち込む。

うさを晴らすかのように、店でナポリタンを注文した。友人はオムレツとハンバーグが上に乗ってるナポリタンの小、私はノーマルなナポリタンの並。テーブルに置かれた料理を見比べると、明らかに小の方のボリュームが多い。これがトッピングの力かと二人で慄いた。

ナポリタンには油がしっかりと使われて作られており、その上鉄板で提供されたので、熱々。ナポリタンの小さな山を掘削するようにガツガツと食べた。食べ終わり、私は大盛りでも全然大丈夫だなと思ったが、向かいの友人の方はというと、白目をむいて寝かけていた。

食べ物にはそれぞれ好みの温度がある。冷やし中華がぬるいのはイヤだが、買ったおにぎりは冷たいほうがいい。確かジェノベーゼのパスタは少しぬるいくらいが美味しいとシェフが言っていたが、私はピンとこない。というかジェノベーゼではなくバジリコのようなものが好きだからな。ともあれ、ナポリタンはアッツアツが好きだということが分かった。

 

本も眺めたしズボンも買ったし、うまいものも食べたので満足。ダラダラせずにさっさと帰った。晩ご飯は貰い物のタラコでパスタを作って食べた。麺料理は何度食べても飽きないが、脂っこいものは昔から飽きやすい。バターは控えめにした。

湿気た海苔を焼いてバリバリかけて食べた。美味しかったです。

折りたたみの日傘

長い日傘を買おうかどうか悩んでいる。長いというより、折りたたまないタイプの日傘か。

昔、折りたたむタイプの日傘を頂いた。貰ってからもう5年ほど経ったか。モノの良し悪しを判別できるほど日傘に詳しいわけではないのだが、多分、良いものだ。

傘の表地には紺色の布を、裏地には黒色の布を設えてある。二重構造のおかげなのか、ギラギラと太陽が照りつけてくるような日でも随分過ごしやすくなる。

また、傘の柄に取り付けてあるボタンを押すと、カシャン!と開く。折りたたむ時は手動で行うのだが、開くことに重点を置いたほうが良いという、開発者の意図が垣間見える。閉じた後よりも開いた後のほうが、傘としての能力が発揮されるわけだから。

子供の頃、母にはよく折りたたみ傘を持たされた。当時の自分の持ち物の中で、鉛筆やリコーダー等の棒状のものは数あれど、伸び縮みする仕組みをもった棒は珍しい。サイズも短すぎず長すぎない。そんなところから私は折りたたみ傘が好きになり、ブンブン振り回しては壊し、その度に母に叱られていた。

あの頃の自分と比べると、モノへの扱い方は、なんぼかマシになったのではないかな。ただあの頃も、大切にしていなかったわけではないんだ。大切に思いながらも振り回していただけで。今は振り回していないだけであって、思いは薄い。

 

折り畳み傘は、折りたたむのがめんどくさい。それが問題だと感じている。傘が悪いのではなく、私が悪い。

めんどくさがりの私は、子供の頃は折り畳み傘を開かずに使っていた。持たせた傘を使わず濡れて帰ってくる我が子を見て、母は随分呆れただろうな。大人になったらまぁ、多少はその面倒さに折り合いをつけられるようには、なった。なったのだが……。

この傘は、閉じている状態でボタンを押すと、開く。逆に言うと、傘を畳み切ってボタンを押すまでは、決して開くことは出来ない。その仕様が困りごとに繋がる。

例えば狭い道、大人が二人横並びになってギリギリ通れるくらいの歩道を、傘をさして歩く場合。向こうから人がやってくる。邪魔になるだろうと傘を少し閉じ――傘の開き具合をしぼませる、と書いたほうが伝わるか。しぼませたまま人とすれ違い、再び傘を開こうとする。

が、もうこの傘は開いてくれない。しぼませただけで、畳みきってないからだ。

なので一度傘を完全に閉じ、伸びた傘の芯の部分を手で押し縮め、折りたたんだ状態にもっていく。そこで改めてボタンを押して、傘を開くのだ。この手順を踏まなければ、傘は開きもせず、また縮みもしない。萎びた小松菜のように、だらしなく頭を垂れるばかりだ。

外出中にたった一度、この手順を踏むのであれば私も気にしない。しかし何度も折りたたまなければいけないとなると、面倒な気持ちが顔を出し始める。その上この折り畳み傘は、日傘である。天気が悪い日のお守りとして携帯するものではなく、天気が良ければ必ず出番があるものだ。つまり通常の折り畳み傘よりも、使用する頻度が多いのである。となると当然、先程書いた状況に陥る回数は増える。入道雲のように、面倒な気持ちが膨れ上がる。

そのため去年は、少し日差しが強いだけなら傘を開かず、我慢をしていた。しかしこれでは日傘を携帯する意味がない。雨に降られても傘を開かなかった子供の頃と、今の私は何も変わっていないのだ。

 

折りたたみを諦めて、嵩張るが開きやすい、長い傘を買おうか。開きにくいがコンパクトな折りたたみ日傘をこのまま使うか。悩む。

つくづく思うんだが、便利なものを手に入れると、また別の不便が付き纏うものだ。等価交換のように1つ便利になれば1つ不便になる…というものでもない。1つの便利に3つも4つも不便が鈴なりになってぶら下がってくる。等価交換というのは、漫画の世界の話だな。

久々に休んだ日0402

今日は休み。久しぶりの休みというわけでもないが、昨日の晩から「明日は休みだ!」という嬉しさに包まれていた。

先週は用事があって北海道へ行き、それなりにのんびり過ごした。しかしオイラはどうしようもなく飛行機が苦手なので、行き帰りの機内で全身ガッチガチになり、首から腰から全身凝り固まってしまった。

なぜ皆平気な顔をして乗っていられるんだろう。オイラは泣き叫ぶのを我慢して冷や汗をたっぷりかき「しぬ」と小声で呟きながら乗っていたのに。隣に座っていた人はさぞや迷惑だっただろう。

 

飛行機の話はもういい。その後魂が抜けたように過ごし、年度末の繁忙期に突入。ニコニコ〜っと愛想を振り撒きながら仕事をした。

客と仕事をするのは好きだし楽しい。つい愛想をサービスしてしまうが、それも自分のいいところだとも思う。客観的に見て、極端に仕事ができるわけではなくても、ご機嫌な奴が近くにいるだけで、同僚としてのオイラも客としてのオイラも嬉しいと思っている。

というか、ご機嫌でいるのは体力や気力、そして努力が必要だ。それが日々出来ている奴を、オイラは尊敬する。そしてそういう奴と仕事をしたい。例え周りがそれを求めていなくても、一緒にいたい自分となって仕事をするのが目標である。

しかしそれでもやっぱり、色々溜まるものはある。特に昨日は色々アレで、お前らはよ異動しちまえと思いながら、その気持ちを跳ね除けるかのように元気一杯働いた。だもんで余計に、今日の休みが嬉しいんだと思う。

 

昨日の夜は久々に、丸美屋の麻婆豆腐の素で麻婆豆腐を作る。普段は素を買うと割高なので、家にある調味料で麻婆豆腐を目指して作っており、人からも好評を頂く。

しかし自分の好みの味から外れたものを食べたい時もあるし、献立を考えるのも億劫な時もある。そういう時に丸美屋に助けてもらう。いちいちサイトで麻婆豆腐の作り方を検索するよりスーパーに寄った方が早いかもしれない。

麻婆豆腐は美味かった。さすが「まぁぼといったら まるみや」である。甘口が好きだ。豆腐をたっぷり入れて少し煮込むだけで、こんなにも美味いものができる。天才だ。あのとろみ粉も良い、ただの片栗粉と違ってダマになりにくく、香りもついている。毎回これでは飽きるのかもしれないけど、たまに食べるとホッとする。一周回って家庭の味だ。

 

んで今日。予約していた本を受け取るために図書館へ。そこは大学の敷地内にある。遠くの方で若い声が聞こえる。サークルの勧誘だ。ここの大学って賢賢な人ばかり集まるんだよな。それでもあんなにでかい声でワイワイやるんだな。良いな。

喫茶店にも立ち寄り、サンドイッチとアイスコーヒーを注文。ここはサンドイッチに拘っている気がする。小さいけど美味い。

隣の席では、おばあちゃんとその孫が話している。孫のほうが、即売会かイベントにコスプレして行った話を、ばあちゃんに話している。ばあちゃんもノリノリで推しの聞いている。とても微笑ましい。間柄がよくわかる。

オイラの方は、Spotifyの調子が悪く、自動で次の曲が再生されない不具合を調べていた。繁忙期前からその症状があったんだが手が、いや気が回らなかった。アプリを再インストールしたらバッチリ直った。こういうことが出来るのが、オイラにとっての休日である。

喫茶店を出て、道すがら吉野家に入る。学生の皆さんの邪魔をしないように、ささっと食べて帰る。

 

んで今はこのブログを完成させるべく書いている。なんだが日が沈んでからググッと寒くなった。途中晴れたのに。晴れて雲がなくなっちゃったからかね。

家に帰ってからは、スニーカーのゴム底の部分を補修したり、コンロとか蛇口周りとか、キッチンの辺りを掃除したりもした。忙しいとこういう所が疎かになる。別になっても死ぬわけじゃないが、綺麗だったら気持ちがいい。気持ちが良くなるその行為は、忙しいと出来ない。矛盾している気がする。してないか。

すっかり休めた気分だ。また明日からご機嫌でいられると良いな。まずは明日、内科でコレステロールの検査だ。