wander around holding a soft oval

日記を書いてます。人からはエッセイだとも言われます。

お盆中に書いた日記を一つ

家の近所に和菓子屋があるらしいので、行ってみることにする。

オイラが最近ハマっていることは、Googleマップを眺めることだ。ジロジロ眺めていると、通ったことのある道の曲がり角に喫茶店があることを知ったり、遠いと思っていたスーパーへの道のりがこのルートで行くと近いような気がしてきたり。

で実際に行ってみると、確かにめちゃ早くスーパーにたどり着いたり、その角の喫茶店がすでに店を畳んでいることを知ったり。平面の図で眺めているから坂の勾配に気付かず、大変な思いをしたかと思えば、その坂道を越えたところにある蕎麦屋の蕎麦がめちゃくちゃ美味しかったり。

そういう楽しさの「キッカケ」をGooglemapは与えてくれる。もうこの街に住んで8年以上経っているのに、知らないこと、行ったこと無い場所なんて山のようにある。小さな街の小さな小さな土地でしか、オイラは生活していない。

先週もマップを見ていたら、団子といちご大福が絶品だという和菓子屋を知れたので、歩いてそこに向かうことにした。ピクミンブルームを起動するのを忘れずに。

 

この日は快晴。遅めのお盆休みを利用してこんなことをしているが、職場の同僚にはこの日のことを話しても面白がってくれないだろうなーと思いながら歩く。だって他人からしたらつまらないだろ、近所の和菓子屋に行きましたなんて話。オイラは大好きだが。

住宅街をジグザグに進んでいく。ひとんちに生えている庭木の影を、小島を渡るかのようにトッコトコと。だって暑いんだもんさ。日陰の島を渡っていると、縁石だけ歩いて帰ろうとした子供の頃の記憶が蘇った。結局途中で飽きて普通に帰ったんだったか。

島を作ってくれている木々たちの中にひとつ、ミモザの木を見つけた。ここの家のミモザは毎年春に、きれいな花を咲かせる。今はただ青々とした葉をなびかせているだけだが。

ミモザってやつは、本当にイタリアらしい木だなと思う。夏から冬の間は、あっちこっちにぴょんぴょんと枝を伸ばして、好き勝手に風に吹かれて手を振ってくる。だが春になるとその散らかり放題の、寝癖で大変なことになっているようなその枝に、黄色の可愛らしい花々でめいっぱい着飾って、自身が持つ美しさを爆発させている。自分勝手に春を祝福しているようにも見えてくる。んでまた夏が来ると、でろーんとしてる。そういう所がミモザらしくて、オイラは好きだ。

 

和菓子屋の前に着いた。こぢんまりとしている。ここまで結構歩いた気がするなと思ってGoogleマップを確認したら、20分くらい経っていた。あれ、そうでもないな。やはり暑いから道のりが長く感じたのか、それともジグザグに歩きすぎたか。

中に入るとさっぱりしていて、なんだか好きな雰囲気だ。ケースの中を見ると、評判の団子が売っているたのでそれを1つ。そして栗まんじゅうも変わった名前で売られていたので、それも1つ。お爺さんの店員さんが応対してくれた。

あっさりと用事が済んだが気は済まない。実はもう一つ気になっている場所があり、それはここから歩いて数分のところにある。行ってみることにする。

見慣れない看板の電気屋の脇を抜け、たどり着いたのがデイリーヤマザキ。ここがもう一つの気になる場所だ。

オイラはデイリーヤマザキの雰囲気が好きで、見かけるとつい入ってしまう。パンも美味いし31のアイスだって売ってる。しかし残念ながら近所にはない、と思っていたのだ。しかしGoogleマップを眺めていたら、徒歩で行けるところにあるではないか!いつか行こう!と思ってブックマークしておいたのだ。

店内に入ると、イートインスペースを見つけた。ちょうど良いのでここでお昼を食べていくことにする。パンやサンドイッチの棚に行くと、お爺さんの客が麺類を眺めながら、ゆっっくりと焼きうどんに手を伸ばしていた。どうやら足が悪いらしく、ちびちびと歩を進めている。邪魔しちゃ悪いなと思い、お弁当は一旦置いといて飲み物を選びに行くことにした。

オイラがお茶を持ってさっきの棚に戻ると、お爺さんはレジで会計をしていた。店員さんは「こういうの食べるの珍しいね!」とか「ゆっくりでいいよ、杖忘れないでね」と笑顔で話している。オイラの番が来たので、会計ついでにアイスコーヒーの小さいのを1つ注文して、イートインスペースに持っていった。

カレーパンを食べ終えて、再びGoogleマップを開く。この場所の星を確認し、星5を付けてレビューを書いた。「他の方も書いてらっしゃるとおり、なぜこの店の評価が悪いのか分かりません。イートインスペースはキレイで店員さんは優しく丁寧です。セルフレジの横には◯◯使えませんとの張り紙も大きく貼られていて親切だと感じます」

このコンビニに来たのは、こっちの理由のほうが大きい。そう、実はこのコンビニの評価はやたらに低い。レビューを見ると最悪だのなんだのと書かれている。しかし、そのコメントは全て数年前のものなのだ。最近のレビューの方が少ないのだが、読んでみると「意外に普通のコンビニです」とか、割と好かれているようなことが書かれている。

ひょっとしたら、色々あって改善してこうなったのかもしれない。もしかしたら、感じの悪い客に見つかっちゃって星1つけられたのかもしれない。それはオイラには分からない。分からないなら、確かめてみよう!と思って、見に来たのだった。そしてもしも印象が良ければレビューを書こうとも決めていた。

オイラはGoogleマップでレビューを書くのが結構好きだ。それも、高評価のレビューをだ。低評価のはオイラが書かなくても誰かがとっくに書いているので、たとえその店で嫌な思いをしたとしても書かない。(書かずに直接その店にメールを送る。)

でも高評価はなんぼあっても、書かれる側は嬉しいはずだ。だから書いている。もちろん書くオイラとしても、悪かった!って書くより良かった!と書きたい。特に良くしてくれた時には、これまたメールフォームに感謝の文を送ったりする。こういうことって、意識しないとオイラはできないし、多分意識した方が良いことだと思ってる。

 

レビューを書き終えると、次々とお客さんが入ってきた。誰かがアイスを買おうとしている。良いなーと思いながら店を出た。すでに日は大きく傾き、日陰の島は大陸になっていた。暑い暑いと言って過ごしていたこの8月も、実は少しずつ秋に近づいている。まだ午後4時だってのに夕方っぷりがすごい。

結局さ、Googleマップも和菓子屋もコンビニも全部、どこかに行こうというキッカケに過ぎないんだよな。ただ出かけられればそれで良いんだ。そこに目的があったほうが出かけやすいんだよ。

 

家に帰り、買ってきた栗まんじゅうを食べてみる。さっぱりとしていて美味い。地味な、奇をてらっていない、でも腰を入れて作られている。土地に根付いた、普通の和菓子だ。これはまた、行かないといけない。

和菓子の写真はありません。道端のプランターにあった土偶(折)。

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夏の陣

「天下泰平」「ツルツル食感!」

図書館に本を返しに出かける。あとついでに、自分で買って読み終えた本を寄贈しに。

図書館は少し混んでいた。児童書のコーナーで子供用のイスに座った大人が、楽しそうに本を読んでいた。オイラもムーミンの3巻を借りようかと悩んだが、帰りにスーパーに寄って野菜をカバンに詰め込むことを考え、やめておくことにした。トマトが潰れて本についたら大変だ。

図書館をあとにしてスーパーへ寄る途中、献血のお願いをしている人を見かけた。ここらへんには珍しく献血カーがやってきていた。いや、オイラが初めて見かけただけで、時々はここに来ているのかもしれない。献血カーの方をじっと見ると、待機している人があまりいなかった。「ラッキー」と思って献血して行くことにした。

献血カーのそばに立てたテント屋根の下で受付。暑い。なんだかモワッとする。この前の台風のせいかもしれない。少し待ってオイラの番の受付。献血のアプリを入れているのでカードの忘れもなく、すぐに手続きは終わった。スキンヘッドの人が対応してくれた。その人の隣りにいる人は先輩のようで、スキンヘッドさんに指示を出すときだけ真顔になっていて、なんだかちょっと怖かった。

受付が終わって献血カーの中へ。お医者さんからの問診があり、すぐに別の席で採血。今はクリップみたいなので指先をパチンとするだけで、ぜんぜん痛くなくて嬉しい。オイラは注射が苦手で苦手で。あと血を見るのも苦手だし痛みにも弱い。精神的に献血に向いてない。

献血が始まる。狭い車内のベッドに横になる。冷房が効いているだけでもありがたい。もしもこれが別の国なら、炎天下の中で献血することもあるのかもなーと想像すると、日本に生まれてよかったかもしれないなって思う。腕に針が刺さる時は顔を腕からおもいっきり背けて、目をぎゅっと瞑る。刺された後も、決して自分の腕の方は見ない。怖いからだ。怖い目に遭うと、オイラは尻がひんやりする。献血中ずっと尻が寒かった。

 

「あっという間に献血終わりました!」と看護師さんに言われ、終了。オイラの前に受付をした人も、その前の人もまだ終わっていないのに、オイラの400ml献血は終わった。そう、オイラは精神的には向いてないが、肉体的にはめちゃめちゃ献血に向いている。異様に早く終わるのだ。毎回看護師さんに「もう終わったの!?」みたいな顔をされる。自分でも怖くなり、オイラの体がおかしいのかと聞いたことがあるんだが、別にそういうわけでもないらしい。ただただ献血が速い。それがオイラの長所です。貴社に入れてください。血は抜かないでください。

献血が終わってもいきなり激しい運動はせず、外に出て15分くらい休憩を取る。係の人にジュースをいただき、それも飲む。最初に受け付けた時にもスポーツドリンクを頂いた。献血をする時にもらうスポドリは、なぜかいつもキリンのラブスポーツだ。どうしてだろう。「ラブ」って入ってるからかな。献血周りではよく「ラブラッド」という言葉を使うから、それ繋がりかも。

休憩が終わったので立ち去ろうとすると、プレゼントを頂いた。今回はうどんとタレのセットである。「うどん夏の陣」だそうだ、いい名前!

 

家に帰ってから茹で、タレと合わせて食べることにした。釜玉うどんにして食べる時、オイラは白身と黄身を分けておく。丼に白身を入れて溶きほぐし、茹で上がりザルにあけたうどんを丼に放り込み、勢いよく混ぜる。すると白身に少しだけ火が通り、ふわっとした食感になる。これが好きだ。黄身は最後にトッピングして食べる。オイラは生卵の白身がどうにも苦手なので、こういう食べ方で食べている。

美味しい。トッピングは無し。あんまり拘りすぎると、せっかくもらったタレの意味がなくなる。こういうのはシンプルに食べたい。外の暑さから解放されてうどんを啜れる、夏の好きなところだ。

 

ここまで文を書いていてふと、自分が先程書いた”「ラッキー」と思って献血して行くことにした。”という文が気になった。オイラは献血をする時に、もし混んでいたとしたら行かないのだろうか。答えは「わからない」だ。赤十字の人、ごめんなさい。

オイラは割と献血に行く方である。だからといって次の献血可能日が来たら即献血センターに足を運んで…というような、熱心なタイプではない。献血をすると今回のうどんのようなプレゼントを頂けるのだが、それ目当てで行くこともない(貰えるものはありがたく頂戴するが)。

決して善の心でもって献血に協力しているのではない。そういうことが出来るやつは尊敬する。オイラの場合はなんというか、うーん、普通のことなのだ。オイラにとって献血は、出来るのでする。オイラの血で誰かを助けてやるぞとかは全く考えたことがない。

眼の前でハンカチを落とした人がいたら、オイラは拾う。それは「あっハンカチ落とした!困るだろうから拾おう」とかは全く考えていない。落としたから拾ってやる。理由がないんだよな。

時々日本赤十字からお手紙を頂戴する。内容は、献血してくれてありがとう、こういう人が助かったよ、これからもよろしくね、という感じだ。でもオイラは人が助かろうが、感謝されようが、どうでもいいのだ。協力できるからする。出来ないやつはしなくていいと思う。義務じゃないんだから。痛いしさ、針。オイラ注射だいっきらいだもん。

献血をすることが善いことって捉えられると「献血できないやつは善くない」っていう考えが生まれちゃうだろ。他人に対しても自分に対しても。そっちの方が問題だ。そんな悲しい考えを持つ人間が生まれるくらいなら、献血なんて善いことでも全然なくって、うどんあげるから受けてくれ~/受けたらもらった~くらいの、ゆるい感じで良いんじゃないかなって思うことはある。

でもまぁ、善そのものがなくなれとは思わない。それはそれで大切にしないと、生きていくための……北極星というのかな、それがないと人間として生きていけないだろうから。

なんか難しい話になってきたから終わる。うどんはまだ1玉残っている。むふふ。

じゃがいもを見つめながら

nagatorowo2.hatenablog.com

この記事に載っているカレーが美味しそうだったので、自分でも作ることにした。

ルーにはくたくたになるまで煮込まれたニンジンや玉ねぎが入っています。お肉(たぶん牛肉)は申し訳程度しか入っていません。 味はとても美味しいです。旅先の小さな食堂で出されるカレーに似た感じでしょうか。 じゃがいもは最後の一口までホクホクでした。

国会図書館カレー - 石仏石神を求めて

具材は特に変わったものは入っていなそう。人参と玉葱。肉は牛肉で小さめ。だけれども芋がごろんと入っている、ごろんというよりドカン!という感じ。そこが気に入った。皮を剥いた芋をじっくり煮て、そのデンプンがカレーにとろみを付けているのかな。カレールーの照りがいい。

家には玉ねぎと人参、カレールーは使いかけのがある。肉とじゃがいもがあればいいなと思って買いに出かけた。8月の初旬は先月の暑さよりずっと過ごしやすい。

 

カレーは去年よく作っていた。昼間に食べる用として、家にある野菜ひとつ、肉っぽいものひとつ選んで、それを炒めてゴールデンカレーの中辛をひとかけ。家にあればキムチや福神漬を炒めてから加えたりもした。今年はスープカレーを作ったりもした。難しいことは考えず、カレールーとラーメンスープの元を使う。クミンとバジルを加えたら、茄子とソーセージの余りを加えたものでも充分にスープカレーだった。

去年だったか、コンビニでビリヤニと本格的なカレーのセットが売られていて、オイラが所属しているSNSマストドンという)でもそれが随分流行っていた。オイラも試しに食べてみたが、どうにも苦手だった。ジャリジャリして、溶け切ってないカレー粉を食べているようで。これは多分スパイスなんだな、これが本場なんだと言い聞かせて食べ進めた。全部平らげてから、ぬるま湯で口を濯いだ。

 

スーパーで芋と肉を買ってきた。うっかり豚こま肉を買ってきてしまった、あの記事では牛肉っぽかったのに。まぁ良いか、メインは芋なんだし。と言い訳をしてから作り始める。

ただオイラには、玉ねぎと人参をくたくたに煮込む時間がなかった。なぜなら腹が減っているから。他の品も含めて1時間以内に作り終えたい。だもんで、玉ねぎと人参は全部すりおろしてから炒めた。焦げ付かないように適時水を加えながら炒める。野菜の香り、特に人参の甘い香りで頭がクラクラしてくる。よき頃合いで水をぐおっと加えて肉を入れて一緒に煮る。ルーも加えた。煮込み終えると2つの野菜たちは影も形もなく、ただ味と香りがそこにあった。野菜の幽霊みたいだ。

同時並行でじゃがいもも調理していく。芋を柔らかくなるまで煮続けるには時間が足りないので、レンジでチンして皮を剥き、ある程度火が入った状態のものを、ほぼ完成に近いカレーに加えてやさーしく煮た。芋がメインのこのカレーで、芋が崩れてしまっては意味がない。そこだけは守りたい。

完成。しかし見た目がぜんぜん違う。

こうやって完成したカレーは、記事のものと全然違ったものとなった。まず豚肉が大きすぎる。すまない。めんどくさがって切り刻むことをせずに、パックからそのまま鍋に加えたから大きいのだ。これでは芋と同じくらい目立ってしまう。

他にも大きく違うところがあるぞ!どこだ!

そう、芋がむらさき色なんだ。この芋の名前はノーザンルビー。名前にルビーとあるように、切った断面がうっすら赤紫色をしている。スーパーでの買物中、なんか見慣れない名前の芋があるなー買ってみよーとカゴに入れたのだった。なんという計画性のなさ。生の状態だとうっすら赤紫って感じだったんだが、加熱するとつま先から腹の中まですべて、さつまいもの皮のようなしっかりとした色に変わってしまった。

本当は全てカレーに加えようと思っていたが、いざまな板の上に置いたら、大きすぎてカレー皿に入り切らないじゃん……と落ち込んだ。落ち込みついでに加熱したものを少し切って食べてみると、美味しい。元気が出てきたので、半分をつぶしてポテトサラダにした。

完成したカレーを食べてみる。スタンダードながら美味しいカレーだ。人参と玉葱の甘みと香りが良いし、豚肉が大きいおかげで食べごたえがある。なにより芋だ。しっかり煮てある、ねっとりとした芋を匙ですくい取り、カレーと一緒に食べる。カレーにも芋のデンプンが出ているので、これは芋で芋を食べているのと変わらない。うふふ。美味しい。

 

 

カレーを作りながら、ある人のことを思い出していた。

オイラの知り合いのAさんは、優しく気立てが良い。困っている人には手を差し伸べ、頑張った人にも頑張ってない人にも労いの言葉をかける。誰かを攻撃したりもしない。いろんな趣味と経歴を持ち、美味しいものが好きな人だった。

そういう人なので、周りからも人気があった。Aさんがいなくなった後、何日かに誰か一人は必ず「Aさん元気かな」と呟く。今でもそうだ。そう、Aさんはどこかに行ってしまった。

オイラはAさんのことが好きだが、苦手でもあった。ハッキリとした理由は分からない。いい人なのには間違いないのだけれど、Aさんがそばにいると、居心地が悪いなと思う時が度々あった。あるときは貧富の差を見せつけられたり、あるときは性の差を感じたり。意識の差もあるか。見せつけられると書いたが、オイラがそう感じただけで、なにかされたわけじゃない。嫉妬とか妬みとか(同じか?)、そういう気持ちもある。

ただ例えば、オイラが20分くらい悩んでようやく1つ買うことにした無印のちょっと高くて丈夫なタッパーを、Aさんは種類別で5つも6つも持っていたりとか。そういう些細なことだ。でもオイラはそういう些細なことを、ずっと覚えている。

そして、Aさんが良いとするものは周りも良いとし、その逆もまた然りなところが気に食わなかった。これはAさんのせいというより、本人の魅力と周りの圧力に対してオイラが気に食わないと感じているんだと思う。政治のこともそうだし、人付き合いのこともそうだ。なのでAさんが現れたとき、オイラはそそくさと逃げていた。

Aさんは、カレーにじゃがいもを入れることをとにかく嫌がっていた。いつものふんわりとした口調も変わり、吐き捨てるように「カレーが不味くなる」と言っていた。「じゃがいもは好きだけどね、カレーには…」と。

オイラは初めてそれを聞いてから、ずっとカレーに芋を入れずに作るようにした。あのAさんが不味いと言っているものをニコニコしながら食べている自分のことが、また惨めに思えてくる。それにそんなカレーを見るたびに、薄暗い気持ちがじわりと脳から溶け出してくるような感覚を味わうから。たかが芋ひとつで。

1対1で話す分には全く嫌ではないし、オイラが困っている時も助けてくれた、いい人なのだ。だのに、集団の中にいるAさんを見ていると、どうにも自分はその場から離れようとしてしまっていた。Aがカレーに入ったじゃがいもを避けるように、オイラも集団の中のAを避けた。

 

Aがいなくなってから数ヶ月経って、最初に紹介した記事を見かけた。じゃがいもがとにかく美味しそうで美味しそうで、作ろう!と思った。その時に「あぁ、もう気にしなくて良いんだな」と思い、寂しいような嬉しいような、そんな気持ちになった。

実は芋はまだ1個残っている。またカレーにしようと思う。

ビールとケチャップ

サッポロビールとケチャップ。

写真左のサッポロ生ビールは先週くらいにスーパーで見つけた。これだ!と思いニンマリ顔でレジに持っていってたと思う。レジの店員さんオイラの顔を見て不審がってなかったかな。

容量は250mL。そう、一般的な350mLのものより少し小さい。でも一番小さい135mLよりは大きい。ちょっとぽてっとしているこのサイズ感が可愛らしい。135mLのタイプのものはいろんなメーカーのを見たことがあったけれど、この大きさのは初めて見た。

買って帰るが、すぐには飲まない。飲みたい時に飲むための「緊急用ビール」として置いておく。

 

オイラは酒であればだいたい好きだが、ビールや発泡酒は350mLを一缶飲みきれない。ああいった類のお酒は旨味が強いのか、半分も飲むと飽きてしまう。135mLを買おうと思うことはあるんだが、どうしてだかアレを見ると仏壇を思い浮かべてしまって買い物カゴに入れにくい。(ほろよいとかでも飽きてしまう、タカラの焼酎ハイボールは美味しく飲みきれる。どっちも美味しい)

時々、無性にビールが飲みたくなるときがある。コンビニで買って帰り口にするが、半分は排水口に捨ててしまう。非常にもったいないしビールに申し訳ない。外でビールを注文した場合は、がんばって飲み切る。あれは場の雰囲気もあって飲んでいる、そう、飲もう!と思って飲んでいる。酒に飲まされるような心地よさがない。仕事というかタスクというか、そういう気持ちでビールジョッキを口に運んでいる。クラフトビールなら違うだろうかと思ったりもしたが変わらなく、むしろ個性的で余計に飽きてしまった。どれもこれも美味しいんだがなぁ。

7月の中旬。飲みたい日がやってきた。玄関のドアを開け、着替えもそこそこにして、緊急用ビールをグラスに注いで飲む。はー。うまい、うまいとグビグビ飲む。そしてオイラが飽きるか飽きないかのギリギリのラインで、無事に飲み干せてしまった。飲みきれたぞ!買ってよかった。ありがとうサッポロ生ビール。

オイラが高校生の頃、友達が「コーラを一口だけ飲みたい、一口10円で売って欲しい」と言っていた。どうして一口で良いのか当時はよく分からなかったが、今なら分かる。彼は一口目のコーラが好きだったんだ。オイラが250mLのビールが好きなように。

このサイズならレッドアイを作る時にも便利そうであるなとも思った。オイラが仕事帰りに買う酒No.1は缶のレッドアイだ。トマトジュースが好きだしビールの強さも薄まっているから、ニコニコして飲みきれる。以前自宅でレッドアイを作って飲んだのだが、結局割る時に余ったビールは捨ててしまったから。また買わねばな。

 

トマトといえば、この前見つけたケチャップはなかなかよかった。パウチタイプのケチャップで、ちょっと小さめの300g。これがオイラの生活に合っていて良い。

容器がパウチタイプなので絞りやすいのは勿論だが、容器の形が自由に変わるところがいい。オイラの家の冷蔵庫はあんまり整理整頓できていない。そのくせ色々と野菜を買いためてしまうので、ほぼ満員電車のようだ。そんな庫内でこのケチャップを横にしたり縦にしたり、あるいはキャベツとナスに挟まれて斜めになっても、その都度ふにゃりと形状が変わるので、かさばらずに済む。

ケチャップを逆さまに立てておいたり、野菜の下敷きにしていると、だいたい口から赤い液体が(多分ケチャップの水分だけが垂れちゃうんだろうな)漏れ出てしまい、庫内を汚す。整理整頓は出来ていないが、庫内がそういう汚れにまみれるのはイヤだ。ワガママだと思う。そのワガママを、このケチャップは「ひねって開けるタイプのフタ」で解決してくれる。漏れようが無いのだ。すばらしい!

弱点は、つい吸いたくなるような形状であること。すごく持ちやすくて、大きめのゼリー飲料みたいな見た目なので、思わず口をつけたくなる。やらないけど、やりたくなる。魅惑的な形だ。

オイラが通っている整体の先生が「トマトなんて食べずにケチャップを大さじ1摂るだけで健康に良いんですよ」と言っていたが、たぶん嘘だと思う。トマトにケチャップをかけると意外と美味しいから、どっちも食べるぞオイラは。

 

便利なものは新たな不便を生む、という言葉を聞いたことがある。スマホは便利だけど充電するのがめんどくさかったりするもんな。今まではうんうんその通りだなと頷いていたが。

少なくとも今のところは、この小さい缶とパウチのケチャップは、不便を生んではいないと思う。生活の中の小さな小さな不便を変えていく喜びって、あるよな。まぁ酒は飲んだら体壊すし、ケチャップも飲んだら高血圧になって、不便というか不健康になりそうだけども。

こんなこと書いてたら、ケチャップがかかったポテトとビールが飲みたくなってきた。

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速乾性から始まる縁

オイラは無印の綿のTシャツが好きだった。もちろん今も好きで着ている。

太番手天竺編みの無印Tシャツ、確か最初に買ったのは茶色のだったかな。厚さとごわっとした肌触り、そして胸のポケットが気に入って、他にも4色くらい同じタイプのものを買った。どの色のものも好きで、週に7回私服を着る機会があれば、多い日で5回は着ていたように思う。

1,2年ほど着続けて気付いた。綿のシャツって、汗かくとうざったくて仕方がないんだな。厚手だから余計にそう思うんだろうな。そのことに1年くらい着てようやく気付いた。それまで「気のせいか動きづらい…暑いから体調不良かも?!」とばかり思っていた。

去年の夏、たまらずユニクロに駆け込み、速乾性のポロシャツを買ってトイレで着替えた時の、袖を通した時の気持ちよさを忘れられない。脱皮できたカブトムシのような気持ちだった。ようやく梅雨明けだ!とさえ思った。その日の天気は快晴だった。

あれからまた1年たち、令和6年の夏が来た。家のタンスには、速乾性の生地の服は1枚しか入っていない。あのポロシャツだ。そして5着の無印のTシャツも入っている。もうTシャツなんてたくさんあるし今年はいらないな~と思っていたのだ。

が。

今年の6月のあの夏日を覚えているだろうか。あれは関東だけの話ではあるまい。あの日に無印Tを着て家を飛び出したオイラは、その10分後にはもうドロドロであった。道行く人にはそういう迷彩の服かとも思われていたかもしれない、無地なのに。

なるほど、綿のシャツは大汗かく時には向いてないんだねとそこでハッキリ分かった。いや前から思っていたんだが、でも乾燥肌のオイラにとって綿のシャツってのはとってもありがたい存在でさ。なかなかその向いていないという事実を受け止められずにいたんだ。

しかし今年になって、濡れた肌への摩擦ダメージも気にするようになり、だったらサラッとした肌で化繊の服着てたほうがマシなのでは?と思い、決心して夏用にもう1枚Tシャツを買うことにしたのであった。

 

最初にユニクロに行ったが、速乾性の素材のプリントTシャツが売っておらず、早々に退散した。だって無地のものはもう無印Tでおなかいっぱい、タンスいっぱいだもん。前のを捨てるならともかく、新しく夏だけ1枚で着るTシャツが欲しいんだ。それにポケットすらないまっさらな無地のTシャツは、なんだかさみしくてオイラはちょっと苦手だ。どうせ着るならなんか可愛い絵が描いてあるものが良い。そのほうがアガる。

無印では「世界で一番売れたナントカのカントカTシャツでーす」と宣伝していた。ほーん。

アウトドアショップで見つけた、ゾウがプリントされたTシャツにした。乾きやすくて薄くて軽い。まさに夏のためのTシャツだ。オイラはゾウがめちゃ好きなのですぐそれに決めた。意外とすぐにTシャツ選びが終わったので、ぶらぶらと歩いた。時々立ち寄る文具屋さんも覗いてみる。

そこでは在庫整理なのか分からないが、いわゆるワゴンセールを行っていた。PS Vitaのソフトカタログで見たことのあるギャルゲーの登場人物の一人がモチーフになっている筆ペンとか(調べたら10年以上前の作品!)、布用ステッカーとか、普段なら興味がわかずに棚を通り過ぎてしまうような商品がドカンと陳列されていて、なんだか面白いのでじろじろ眺めていた。

そこで見つけたのが、このペンだ。

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名前をPetit2という。ペチットというのはフランス語だったかで小さいという意味だ。でも2?ってことは1があるのか。でも文具屋の棚には2しかない。見るとサインペンのようだが、コロンとした小さいフォルム。うーん。オイラは短くて小さいペンが好きなんだ。筆箱にはもう沢山ペンがあるのでこれ以上買わないようにと決めていたのだが、なんだか縁を感じて買った。いや、実は1本80円だったから買った。円を感じた。

こうして日記を書くにあたり、このペンのことを少しは調べておこう…と思ってググったが、メーカーであるパイロットの公式ページでは、なぜかPetit1だけが紹介されている。

ペチットワン | 製品情報 | PILOT

リンク先を見てもらえば分かるが、これは万年筆タイプの商品のようだ。数千円する万年筆とはぜんぜん違うようで、どちらかと言うとVペンやプレッピーのような、ライトに万年筆を楽しむための商品なようである。Amazonなどで調べても愛好家がいるようだったが、残念ながら本体は生産終了とある。

しかしそれはあくまでペチット1の話だ。2の情報は公式サイトにすらない。これは間違いなく、1よりも早く生産が終わってしまっているペンなのかもしれない。

ぺん★ぱれーどっ!:PILOT PeTiT2 & PeTiT3 - livedoor Blog(ブログ)

オイラが唯一見つけた、2について紹介している記事。それでもあまり多くの情報は書かれていなかった。そりゃあワゴンに行くわけだ。

しかし売れなかったから、こうしてオイラと縁が出来た。良かったんだと思う。文具屋にとってもオイラにとってもさ。

 

では実際に書いてみた写真を載っけて今回はお別れ、さようなら。

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上等級を冷凍庫

スーパーへ出かけた。最近あまり行ってなかった、OKストアという名のスーパーへ。オイラは関東に引っ越してきてからその存在を知ったが、自分の住んでる区ならあっちこっちにOKがある。

いつも混んでいるので普段、特に土日はあまり行かないようにしている。しかしあそこは肉がわりかし安いし美味しいので、冷凍庫の中の肉ストックが空になってしまっては行かざるを得ない。

今回も肉以外のものを買ってしまって帰宅。キノコが少し傷がついていたようで全体的に安かったから……大丈夫、キノコはナムルにしてしまうとあっという間になくなるので (誰に対しての言い訳なのだ)。

オイラは腕や胸の筋肉がぜんぜん無いので、重たい買い物袋を持って家まで帰ると、ずいぶん疲れる。こんだけ重いものを持って歩いてるんだから、少しくらいムキムキになって欲しい。ダメか。やはり筋トレか。この前腕立てが10回出来るようになったぞ。

 

買ってきた肉はほとんど冷凍してしまう。鶏ももなら一枚を縦に二等分してラップに包む。豚こま肉なら300gのを100gずつ取り分けてラップに包む。鶏胸肉は一枚を真ん中の身の分かれてるところから包丁を入れて切り分け、厚い方はラップに包み、薄い方はタッパに入れてレンジで200Wで加熱して取っとく。内臓系や骨付きの肉はその日のうちに調理してしまう。もし冷凍せず明日までに使うとしても、一度パックや袋から取り出してドリップをぬぐい、アルコールで湿らしたキッチンペーパーを一枚噛ませてから冷蔵庫に入れる。これらの行為をオイラは「下拵え」と呼んでいる。

昔千葉に住んでいた頃、ジャパンミートという肉のハナマサ系列のでっかいスーパーに週1で車を走らせては、買い溜めして暮らす生活をしていた。その頃のクセが半分抜けず、いまだに肉はいっぺんにたくさん買ってしまう。

だが半分は抜けてしまったので、冷凍肉のことを無視して近所のスーパーでお買い得な肉や魚を買ってもいる。ちまちまと冷凍/解凍せず買ってきたものをその日にジャンッと料理した方が、個人的に楽しいし。

うん、毎回毎回冷凍のためにラップで包んだりドリップに浸からないように工夫するのは、我ながらちまちましてるなーと思う。でも良いんだ、多分オイラはこういうことが好きなんだ。

ゲームでも、ストックしておけるアイテムはとにかくたくさんストックしておきたい性分だから。モンスターハンターシリーズをプレイしていても、ハチミツとか使わずに倉庫パンパンにしちゃうし。RPGをプレイしていると序盤で手に入る薬草などの回復アイテムとか、終盤では全然使わないのに持てる数を最大にしておかないと気が済まない。前世はリスか。

 

ひき肉なんかは率先して冷凍してしまう。いつも少し余らせて冷蔵庫に入れておくと、すーぐ悪くしてしまうんだよ。OKストアで売られているひき肉は、パック詰め以外に袋に入ってるタイプもあるので、それをそのまま薄く平らに伸ばして冷凍庫に入れてしまう。使う時はパキッと割って使う分を解凍する。

その下拵えをしていた時に、肉のラベルに書いてある文字が気になった。「上等級・ひき肉」とある。上等?今まではこんなこと書いてなかったはずだ。ただ豚ひき肉としか書かれてなかったぞ。

そういえば…今日精肉コーナーをうろついていた時。カレー用の豚肉にも書いてあったな、上等級って。ほかのこま肉や豚バラ薄切りなどには書かれてなかった気がする。上等級ってなんだろう?

気になり、とりあえずOKストアのネットスーパーを調べると「国産・冷蔵・ノーブランド」の豚肉には全て上等級と書いてあった。え、そうなんだ。いつから書かれ始めたんだろう?先月までは書かれてなかったような。

先月までといえば…今日行ったOKストアの精肉コーナー、ひき肉の棚の下に貼られた大きなポップに「OKの挽肉は店内で挽いています!」と書かれていたな。あれも今までなかったな。今までも店内で挽いていると、どこかの壁に小さく書いていたが。なんでそんなにアピールするようになったんだろう。

どうやら豚肉の格付けは極上から並までの4種類があるようだ。OKの肉に書かれている上等級は上から2番目の「上」を扱っているということを意味しているんだと思う。多分。OKのネットスーパーで牛肉を調べると、ほぼ全てに「A4以上」と書いてあるし。

なるほど近所のスーパーに対抗して、品物の質の良さをアピールしてるのか。へー。他の近所のスーパーの肉コーナーを思い浮かべるが、確かに上等級とは書かれてなかったもんな。これが書いてあるのはOKだけだ。

上等級の肉を冷凍してから解凍して使うより、普通の肉を冷凍せずにそのまま使った方が味として美味いのかしらね。分からない。

 

今まで言わなかったことを改めてアピールしていくのって、オイラならちょっと恥ずかしいなと思う。「今まで黙ってたけどこう見えて柔道五段です」って、聞かれてないのに突然言うのって恥ずかしくないか。まぁでも、宣伝だから別に良いのか。聞かれてなくても言い続けるのが宣伝だもんな。

言い続けるで思い出した。OKストアでかかっている放送で、店員さんが「◯◯が大変お買い得です!2個、3個、4個とまとめて!まとめて!まとめてご購入くださいませー!」と喋っているのをずっっと聞いていると、普段からぼんやりしている自分はいつか本当に4個まとめて買っちゃうんじゃないかと思ってしまって、ちょっと怖くなる。スーパーの熱量にほだされる自分のぼんやりさが怖い。4個は多いな~でも2個なら買えちゃうな…って感じでカゴに入れそう。うわ~買いそうだ。しっかりしろ自分。

だもんでOKストアはやっぱり月に2回くらいでちょうど良いな〜と思いながら、買ってきたチョコパンを食べた。あそこはパンも美味いからますます恐ろしいんだよな。おからが練り込まれたふわふわのパンとかな。

 

諦めて暑がる

豆苗の水が濁っていたので、今日の仕事はそれを取り替える所から。

キッチンの窓のそばに、一度採取した豆苗と、それを入れて水を張ってあるタッパーを置いておく。また生えてきたら炒めるなどして頂いている。この時期は水がすぐ傷み、朝タッパーを覗いたら膜が張っていた。豆苗から出るなにか成分も関係するのかもしれない。

今年育てているのはこの豆苗だけだ。ベランダにプランターがあるが、今回は何も植えなかった。植物の世話って楽しいけれど、今回はそれ以外の楽しいことを優先した(読書とか筋トレとか)。豆苗、いいよな。なにかを育てて採取して食べる楽しさを手軽に味わえるし、仮にうまくいかなかったとしても、元々捨てる所だったわけだからあまり精神的ダメージがないように思う。

コーヒーを淹れるための湯を沸かしながら、シンクの掃除をする。ホームセンターで買ってきた水垢取り用スポンジというので軽く擦ると、すぐに綺麗になる。すごい。あんまり使うと傷がつくかもと思ってるし、ふだんは普通の食器洗い用スポンジとキュキュットでわしゃわしゃ洗っている。だもんでこの水垢スポンジの出番は二ヶ月に一度くらい。100均にはあまり行かないが、その代わりにホームセンターには用事もないのによく行く。そこで掃除グッズを見ていちいち感心している。スポンジを見るのが特に好き。

育った豆苗は刻んでチヂミにすることが多い

水を触りながら家事をするのが気持ちいい季節になった。家の中で過ごしていても夏は来るし、それを感じられるな。夏は好きだ。なんで好きなのかは色々あるけど、めんどくさくないというか、潔く生きられるのが好きなのかもしれない。

冬は寒いんで厚着をする、というか厚着ができる。着れば着るほど温かいし、一枚でホッカホカになれる服もあるもんで、オイラはつい服を着てしまう。そういうのを着てると、例えば建物内に入った時や体を動かした時は暑さを味わうことになる。寒さを感じたくないから厚着をして、結局暑がる。それがなんとも間抜けだなぁと思う。んで仕方なく脱ぐと、それが荷物になる。これがめんどくさいなーと思う。

暑い日は脱いでも何をしても暑いんで、ある程度は諦めるしかない。だもんで外にいる時のオイラはあまり抵抗せず、暑さに身を任せる。すると飲んだ水がむちゃくちゃ美味かったり、汗をかくのが意外に気持ちよかったりすることに気づく。クーラーのきいた建物に入るとたまらない。それを味わえるのが好きだ。

対策ができてしまうから、諦めきれずに暖かくしてしまう冬。降伏した結果暑さの中の魅力を感じることになってしまう夏。その違いがあるな。もちろん夏の暑さも我慢しすぎて熱中症とかになったら大変だ…けど、そんなことわざわざ書くことでもないか。

夏の反対は冬というイメージがあるし、暑いの反対は寒い。けど、実際そういう時期の生活を顧みると、必ずしも生活そのものや、その中で感じられる快不快は、反対の関係になってないような気がする。

 

デニムの尻ポケットにハンディファンの柄を挿して歩いている人がいた。水陸両用の車みたいだなと思った。