実家の母から荷物が届いた。自身が今パートで働いているスーパーで、いろいろ選んで買った模様。オイラももう一人暮らしをして長いので、別に荷物は送らなくて良いのだがとは思っている。でも、それは母に伝えないでいる。
母は買い物が好きだ。食料品をとにかく買う。実家にある「元オイラの部屋」は、今や母の食べ物倉庫になっている。子供部屋に冷蔵庫が2つか3つあるし、棚も押し入れもパンパンだ。実家には娯楽と呼べるものがTVくらいしか無く、あとは小さな暇つぶしが転がっているだけだ。だもんで買い物が、母の一番の楽しみになっているのだと思う。ここで「もうオイラもいい歳だし…」とは、口が裂けても言えないのだ。
荷物が無事に届いたと、母にTEL。「別にお礼なんていらない」と言われる。電話の向こうでは完全に真顔だ。相変わらずである。お互い風邪をひかないようにとか、納豆を食べるとコレステロールに良いけれど、芸能人の某が食べすぎて痛風なったらしいぞとか、そんな話をして電話は終わった。あ、今度は玉ねぎドレッシングを送るぞとも言われた。
実家からの荷物には、小ぶりで少し萎びた不知火が入っていた。柑橘類はオイラの好物だが、特にデコポンとか蜜柑とか、剥きやすいのが好きだ。グレープフルーツは味が好きだが中々に食べにくい。
キッチンに立ち、不知火を手でむく。めりめりとやると、中から少ししぼんだ果肉が出てきた。新鮮とは言えないが、ありがたいことだ。ひとつもいで、食べてみる。ほら美味い。しなびていても傷んでも美味いから、果物はすごい。
天気が良いので、眼の前の窓を開ける。青空に不知火のひとふさを透かしてから、口に入れる。種が入っているものをそのまま食べると、どうにも美味しくないもんで。窓の外の景色にすかしては、またひとつ頬張る。
果物は大抵、キッチンで立ったまま食べる。皮の処理も簡単だし、手が汚れたらすぐ洗える。果汁をこぼしても安心。あまり行儀はよろしくない。しかしなぁ、キッチンで丁寧に果物を剥いてから、皿に盛り付けてリビングに運び、それから食べるなんて、まどろっこしいじゃないか。グレープフルーツとキッチン立ち食いの相性は抜群だぜ。
それに、外を見ながら果物を食べるのは、結構気持ちがいいもんだ。清々しい気分になれる。数年前くらいから、気分がどんより落ち込んでいる時は、暑かろうと寒かろうと家の窓を全て開け、外気をガンガンに取り込みながら生活する。窓を開けた瞬間、外の空間と家の空間が繋がって、まるで物凄く大きな空間にいるような気分になる。
母が送ってくれた荷物の中に、わかめスープが入っていた。リケンのわかめスープなのだが、パッケージが紙でできている。プラスチックごみを減らすためなんだろう。しかし、昔のパッケージで見慣れているものだから、紙に印刷されたスープの写真やロゴを見ていると、ニセモノなんじゃないかという気持ちになってくる。
材質だけが違う、ただそれだけでホンモノっぽい、ニセモノっぽいなと感じる。まぁ確かに、有名な絵画が木の板に印刷されていたら、それは明らかに別物だなって感じるから、当たり前っちゃ当たり前なのだが。でも、紙でもプラでも使用するには問題ないのにも関わらず、真偽判定をしてしまうこの感覚が、なんだか面白いし懐かしい。
オイラが学生の頃、遊戯王カードが流行っていた。今はゲームでデジタルなカードゲームに昇華されているが、オイラの世代はバリバリに実物、つまり紙で遊んでいた。5枚で300円だったかな。大ブームになると、偽物が出回るのが世の常である。
地元の夏祭りの日、広場には出店がたくさん並んでいた。その中に、遊戯王カードのくじ引きがあった。1回500円で5枚。オイラはそのくじを引いた。確かエルフの剣士くらいのカード、つまりコモンカードばかりが当たったのだ。
そのカードを触ると、通常のものより明らかに、薄い。半分くらいの薄さしかない。頭上に持ち上げると、光が透けて見えるほどだ。
それに印刷がぼやけているし、印刷されたイラストも中心からほんの少しだけ左下にズレている。ここでオイラは偽物であることに気がついた。
が、オイラとしてはどうでも良かった。引いた5枚のカードには、今まで所持していなかったものも含まれていたし、カードには1枚ずつ丁寧にフィルムに入れられていた。出店のオッチャンの優しさを感じ、感謝すら覚えたほどだ。
次の日、それらのカードをデッキ(カードの束)に入れて、友人たちとカードバトルをした。彼らからは「お前それ偽物だろ」「ダサっ」と笑われた。オイラには、なぜ笑われるのかが分からなかった。だってこのカードは、カードバトルするための道具、トランプの札みたいなものだ。バトルさえ出来れば役目は果たせるのに、なぜダサいなどと言われなければいけないのだろう。
他人からバカにされて惨めな気持ちになり、遊戯王カードから足を洗った……となってくれていれば、無駄金を使わずに済んだのだが。オイラが気にせずニセモノのカードを使い続け、むしろそれをオイラがネタにするものだから、周りもあまり気にしなくなった。それからも本物のカードを買ってはデッキを組み、バトルし続けた。おかげで随分金を使った。バカだよなぁ。
このリケンの紙パッケージを見ていたら、このニセモノのカードのことを思い出した。偽物でも良いって思える時と、思えない時ってあるよな。リケンの紙パッケージは、手で破きやすいし、最近横浜市はプラごみと燃えるゴミを分ける取り組みをしているので、手間がかからずありがたい。
ちなみにカードバトルの腕前はからっきしだった。
