今週のお題「今年読んでよかったブログ」
オイラは気難しい、偏屈なやつだと思う。そんなオイラが「読んでよかった」と思うってことが、果たしてその人のブログに対して良いことなのかどうか、ちょっと分からない。けれど、良いなぁと思ったので、いくつか紹介させてもらう。
ブログ全体の設定が「架空の友へ手紙を書くように記事を書く」という所がまず面白い。今回紹介した記事のような、その日あったことの手紙がオイラは特に好きだ。まるでただの日記のように、なんでもないようなことを認めている。そういうなんでもないことが、オイラはとてつもなく好きである。
どこか、相手に語りかけるような書き味というか、架空だとしても遠くの友に言葉を届けるための文章の包み方が良いなぁと思う。
自分に対してペンを買ったら、バーコードの所にシールを貼って終わりでも良いけど、他人に買うんなら細長い紙の包装紙に入れたくならないか、オイラは入れたくなる。そんな感じだ。そういう文章が好きなのかもしれない。
この記事は特に、思ったことをつらつらーっと書いた感じがあって、でもどこか一線を越えないような、そのバランスが際立っていて好きだなと思いました。
多岐祐介さんという文芸批評家さんが書いている日記の1記事。オイラは学がないものだから、筆者が使う言葉の意味や、筆者の語る時代を知らず、うーんとなったりすることは結構ある。だのに読みやすいのですごいなぁと思っている。長くて複雑な文だと思ったことがあまりない。
この記事の中で、歳をとっても昔の恥ずかしい記憶を思い出してワァーってなる、と書いてあって、色んなことを思った。まず爺さんになっても文章で飯を食べていたような立派な人であってもワァーってなることはあるのだ、オイラもなって良いんだなという安心と、爺さんになっても昔の記憶で苦しめられる(しかも戦争とかの話ではなく日常の中の恥ずかしい記憶で)のかよと思って、自分の人生が少し不安になった。面白かったので、読んでよかった。
全然関係ないけれど、筆者は爺さんのようではあるんだが、いつも飯をモリモリ食べていてすごく感心する。この人を真似てチーズを食卓に取り入れることにした。
筆者のブログも購読しているが、この回?この記事が特に好きだ。いつもふんわりとした雰囲気で、物腰柔らかく、しかしよく考え、自己を見つめたり反省したり褒めたりしている様子をブログで眺めている。いつも素敵だなぁと思って読んでいる。そんな記事たちの中でも、やはりこの回が好きだ。
辛いこと、悩ましいこと、さっさと忘れたいこと、消したい過去、色々ある。
だけど、それらをきれいさっぱり拭い去って、晴れた空のようにおだやかな心でい続けることが、果たして本当にぼくが望んでいることだろうか。
記事を引用させてもらった。こんなことを1読者でしかないオイラが言うのはどうかしていると思うんだが、でも言いたい。今まで読んできた記事の、ここが一つのエンディングではなかろうか。それくらい良い。
苦しみの中にいながら「それでも自分はここにいたいんだ、ここにはこんなに良いものがある」と、自分を納得させて生きるテクニックがあるだろ。あれはあれで大切なものだと思う。しかし、一度苦しみから抜け出せそうだったのにも関わらず、またそこに戻っていこうとする、その胆力。これがいい。憧れる。
こんな所にしておこう。来年も色々読みたいんだよな、ブログ。面白いから。
オイラは人の日常が好きなので色んな人の、その人なりの日常を見て面白がりたいんだが、最近の「きょうのはてなブログ」はそういうのがあんまり上がってこないぞ。
旅行に行ったとか何か作ったとかスゲーことしたとか、あとは役に立つようなこととか。知見を得たとか上手いこと言ったとかさ。
この言葉は正しいのか分からないが「なんかいい感じのブログ」ばっかり紹介されてるぞ。あと同じ人の名前をよく見るんだが、 編集部お気に入りってそういう意味なの?
SNSの投稿の延長線上くらいの、しょうもないどうでもいいような記事を紹介してくれ。オイラはそういうのが好きだし、そういうものを「しょうもないどうでもいい」とは決して思わないから。