巳年。テレビ台の上を眺める。蛇に関係ある置物は…我が家にはないな。ゾウも鼻が長いけど、それじゃダメか。どうして蛇が十二支に入ったんだろうなと気になって検索してみる。なるほどね。
時々こうやって、干支について考えることがある。その度に、自分が昔読んだ十二支の絵本のことを思い出す。
オイラが小学1年生のころ、同じ登校班のメンバーに小5の友達がいて、昼休みも帰り道でも彼とよく遊んでいた。しかしオイラが3年生になると彼は中学生に。帰宅時間も趣味趣向も変わり、オイラと全然遊んでくれなくなった。
そして気がつくと、オイラと遊んでくれる人が一人もいなくなっていた。うっかり、同学年の友だちを作っていなかったのだ。
母は最初「あそこんちは家が汚いから遊びに行って欲しくなかった、遊ばなくなって良かったよ」というようなことを言っていた。実際彼の家に遊びに行くと、靴下が真っ黒になるのだ。それを洗うのは大変だっただろうな。
小学校低学年の時点で話せる人、いわゆる知り合いや顔見知りは沢山できたが、友達と呼べるような存在はいなかったように思う。3年生からでも学校の知り合いともっと仲良くなり、友達になれれば良かったんだが…
「山を1つばかり越えないと同学年の知り合いに会いに行けない」「教育上の理由で流行りのおもちゃやゲームが手に入らない」「オイラ自身が外で遊んだりするのが苦手」などの理由で、キッカケはあまり生まれなかった。
超弩級の田舎に住んでいるのに自然が苦手なのは中々にハードだな、と子供ながらに思っていたし、自分ってダメだなぁとも思っていた。見かねた母が、時々バドミントンをして遊んでくれたのも覚えている。
学校の休み時間に何をしようか、それが決まらない。一人で校庭の隅っこをブラブラしたり、百葉箱を眺めたり、学校の中を一周したり、その場でぐるぐる回転したりしてたな。
図書室にも行った。オイラの記憶の中では、町役場に併設されている図書室よりもずっと広くてキレイで、その空間が好きだった。だが本を読むのが苦手で、ただ図書室に、いた。大きな大きな机に突っ伏し頬を当てて、家具の冷たさを感じていたし、本棚の木目を指でなぞってもいた。一人でいるので喋ることはなく、ただ静かに。
本にずっと囲まれていたら、否が応でも興味は持つ。自分でも読める本は無いかと、気になるものを片っ端から眺めた。殆どのものはすぐに飽きたが、漫画の多い伝記やことわざの本などと、十二支の絵本だけは気に入った。特に十二支。あの話は、古くから伝わる「競争物」だ。それぞれがそれぞれのペースでレースをし、展開も緩急ついていて、オチもあって、とても面白い。少年誌で連載している作品なら1度はやるぞ、競争回。それのご先祖様のひとつだもんな。
オイラはその絵本が気に入ったので、カードを作って借りた。たしかバーコードを読み込んで借りたんだったかな。あれが初めての「バーコード読み」の経験だ。ちょっとワクワクした。家に持って帰って、読んだ。何回か読んで、飽きた。
それならすぐに返却すればいいのに、オイラはしなかった。その本がとても大切だから、ではない。忘れっぽかったし面倒だったからだ。返すまでに、たしか4年かかった。そう、卒業する直前までずっっっっっっっっっっっっっっっっと借りていた。
借りていることに罪悪感も覚えず(忘れているので)、何食わぬ顔で図書室に通っていた。図書室の先生(と呼んでいたが多分司書さん)からも「まるくん、干支の本返して欲しいな?」と何度も催促された気がする。その時は あ、そうか。返さないとな。とは思う。思いはする。が、家に帰ると忘れている。それを4年生の終わりまで繰り返した。確か親からも「アンタ本返してきな!カバン入れておくから!」と怒られた気がする。その日はカバンに絵本を入れて登校し、入れたまま家に帰ってきた。途中何度も無くしたりもした。
4年生か5年生になると、どういうキッカケかは忘れたが友だちが出来た。もう図書室に行くこともなくなった…のだが、その友だちは転校したので、また一人になってしまった。だもんでまた図書室に行く。すると久々に会う図書室の先生に、干支の本を催促された。
あっ。そうだった。 どうしよう。
本を1年以上も借りっぱなしにするというのは、誰がどう考えても失礼で迷惑な話だ。だがその時のオイラは、”失礼で迷惑な話”以上に、とてつもなく悪いことをしてしまったと、大きな罪悪感に包まれるようになった。大人にとっての一年間より、子どもの一年間の方が、長く感じるだろ。その長い間本を返さなかったのだから。
その事実を突きつけられ(自分のせい)、オイラは図書室に通いづらくなった(自分のせい)。そこで返せばよかったのに、結局怒られるのが怖くて(自分のせい)、返せなかった。干支の本は、自分のランドセルを入れる教室の棚の隅に、ずっと寝かせていた。担任の先生に見られると怒られるような気がしたので、カバンはいつも速やかに棚に閉まっていた。
それからまた学年が上がると、今までの生活から大きく変わり、友だちが沢山できていった。キッカケも理由も分からない。もしかしたら転校していった友だちの友だちから繋がって仲良くなっていったのか、それとも時間とともに性格が変わっていったのか。
昼休みには毎日ドッジボールをして遊んだ。帰りも友だちと帰った。もう図書室には行かなかった。でも時々特別教室に行く、その度に図書室の前を通るのが、苦手であった(自分のせい)。本のことは忘れておらず、ずっとずっと覚えていた。当たり前だ、ランドセルをしまう時に、絵本の干支と目が合うのだから。
6年生の…冬か春。学校に通うのもあと何週間か何日というその日。教室を大掃除することになった。自分が使った机の中も、下駄箱も、そしてランドセルを入れる棚の中も掃除して、空っぽにして先生に見せなければいけない。ヨレヨレの計算ドリルの表紙やプリントをどんどんゴミとして捨てていくと、出てきた。知っていた。
確か最初は、その本ごとゴミに捨てようとしたんだったかな。はぁーなんて愚かなんだろう。でもそれはアッサリとバレて、掃除を中断し一人で返しに行かされたんだ。
図書室には当然のごとく先生がいた。オイラは手に持っているものを背中で隠しながら入り、先生の死角に入るようにカウンターを通った。あとはバーコードをぴっとするだけだ。
が、しなかった。先生が見てないタイミングで、さっと本棚に戻した。たしか分厚い百科事典が並ぶ棚だったと思う。焦茶色の背表紙が並ぶ棚に、真っ赤で薄い背表紙の本が、1冊だけ並んだ。逃げるように図書室を出た。そこから掃除に戻った。それから一度も図書室の先生に会わないようにした。
多分きっと、あの棚の異変はすぐに先生に気付かれ、返却の手続きを済ませられた絵本は元の棚に収まったはずだ。そうであって欲しい。
「絵本が戻ってきたんだから大した事件じゃない」「何年も借り続けるなんてどうしようもない愚か者だ」「友だちを作らなかったことによる人格形成の不具合か」「反省してないからこうやってブログに書くんだろう」「誰も覚えてないよそんなこと」などなど、いろんな自分がいろんなことを考える。
正直言って、やかましい。が、全部その通りかもしれない。
こういう記憶とは、どうやったら折り合いがつくんだろうなー。折り合いをつけたいとも思っているし、つかなくても良いのではないかとも思う。何か変わればいいなと思ってブログに書いてみたが、やっぱりダメだ。自分の気持ちをどう書いても、フォローすることなんて出来ないものだな。フォローすることが新たな罪になりそうな気もするんだよ。
少年の日の思い出では、主人公エーミールは贖罪のために2度と虫の標本を集めなかったそうだ。ならばせめて今オイラができることは、本を集めないことなんだろうか。そうは言っても、三が日に本を買ってしまったけど。すごく良い本だよ。今年もなるべく沢山本を読むから、許してくれないだろうか、干支の絵本よ。
