wander around holding a soft oval

日記や雑記を書いています。それらの違いは分かりません。

うんたった、うん。

数ヶ月ほど前から「うんたったラジオ」を聴いている。あるPodcast番組を視聴していて、なんとなくイヤだなー別の番組が聴きたいなと思った時に、Spotifyくんからオススメされたのがキッカケだ。

誰がやっているのかは知らないまま聴いている。会話から、作家さんとその子供(成人)の2人が語り手であることは分かっている。日常的な話が多い。生活の中で、仕事の中であったことと感じたことを語る。最新回では餅付き機を動かしながらの収録で、ゴンゴンゴという小さな騒音と、ゆるやかなBGMをバックに、年末年始のことを話していた。

オイラがこの番組が好きだ。語り口がゆるやかであり、鋭い言葉で人を惹きつけようとしていないように聞こえる。そして、ちゃんとしていない。まとまりがない。仕事っぽくない、でもいいか。

身内だけで好き勝手に話す、というのとは少し違うかもしれない。親子2人の会話なんだが、聴いてる人間にも自分の話したいことを伝えようとしているのが分かるから。でも2人の対談を聴いてるのでもない。トークテーマも無いようで有る。ゆるい、とも違う。本人なりにきっちりやろうとしている、というのかな。それが良い。

親子のうち、娘さんのほうがしっかりしている。番組の進行を促したり、母親の語りに耳を傾けつつ、会話を広げようとしている。正直言ってちょっとこなれすぎている様な気もするが、まぁそれは器用な人なんだろうなと思いながら聴いている。どちらかというと母親の一生懸命さが好きだ。

 

今日お風呂に入る前にも、この番組を聴いていた。先程書いた正月の回。いいなーいろんなこと考えながら生きてるんだなー素敵だなーと思いながら、聴いていたんだ。今後の方針や新年の番組としての抱負を語り始めたときに、オイラはその語りを聞いて固まってしまった。

「◯◯のね、ポッドキャストの方もがんばっていかないとだねー」と、母親のほうが言った。

え。◯◯って、あの、番組?オイラが「なんとなくイヤだな」って思ってた、あの番組のこと?なにかの間違いかと思って音声を戻して聴き直した。言ってる。◯◯って。え。

急いで◯◯の方も聴いてみた。あっ!同じだ!◯◯に出ているこの女性と、うんたったラジオの娘さんの声が同じだ!!そうか!同じ人が複数のポッドキャストに出ていたんだ!!今気付いた!!

 

番組Aと呼ばせてもらおうか。「うんたったラジオ」を知るまで、オイラは番組Aを聴いていた。ゆるく発信していくと番組説明文には書いてある。仕事に行くときや買い物の帰り道に楽しんでいた。でも段々嫌になって、視聴を止めてしまった。

それは ”語り口がゆるやかであり、鋭い言葉で人を惹きつけようとしていないように聞こえる。そして、ちゃんとしていない” という、つまりオイラの好みとは少しずつズレ続けているように感じていたからだ。

番組Aに登場している娘さんは、別の名前を名乗って活動していた。別に素性を隠しているわけではなかったのだと思う。たまたま別の名前で活動しただけだ。うんたったラジオは2年ほどやっているそうなので、番組Aの方を後から始めているようだった。

番組Aは、初回から割とちゃんとしていたと思う。録音環境も、番組の大きなテーマも、毎回違うトークテーマも、その広げ方や伝え方も、何もかもが整っているように聞こえていたが、回を重ねるごとにより洗練されていった。

番組Aには娘さんを含めて3人の人物が語り手として登場する(母親は登場しない)んだが、3人とも同じようなことを話すわけでもなく、ケンカしない程度に意見にばらつきがあり、その結果話題が広がる。そしてキレイに整えて終わる。ガツガツもしておらず、根っこの部分からはブレない。

オイラはそれが嫌であった。聴けば聴くほどに嫌になっていった。素人3人が集まって日常の話をするっていうのに、なんでそこまでキチンと話せるのか、どうして興味を引くようなことが言えるのか。どうしてそこまでキレイに風呂敷をたたむことが出来るのか、いや、出来てしまうのかと。

リスナーからのお便りも毎回頂くほどには、他の誰かも番組を評価していた。番組内でもメッセージを紹介して話題に触れつつ、3人自らの話題も持ってきてしっかりトークしていた。

「計算し尽くされたゆるさ」か。実際計算し尽くされているかは分からない。ちゃんとした大人が普通に話すとこうなるのかもしれないね。

それでもかわいげと呼べば良いのか、粗と言うのか、それがない。そう思って聴くのをやめた。やめてしばらく経ってから、Spotifyくんが勧めてきたのが「うんたったラジオ」である。はぁーだから勧められたのか、同じ人間が出ているから!と、今日ようやく理解した。

お風呂に入りながら、そのことばかり考えていた。オイラはすでに、うんたったラジオの方も嫌になりつつある。どうしてだよ~。

番組Aとうんたったラジオは関係ないし、番組Aに出ている人たちに非は一切ないのに。うんたったラジオは好きな要素ばかりなのに。こんなどうしようもない、自分勝手で、下らないことでオイラはしょぼくれてしまった。

 

 

突然だが、料理家のきじまりゅうたさんのYoutubeチャンネル「きじまごはん 【料理家きじまりゅうた公式チャンネル】」をご存知だろうか。オイラはアレをチャンネル登録していた。しかし今はやめてしまった。

チャンネル内の動画がどんどん洗練されていって、なんの淀みもなくなったように感じたからだ。祖母のコスプレをしたり、旅行にも行ったり、袋の結び方だけの動画も作ってたんだよな。今はもう全然だ。その代わり動画の最初に「貴方の心に刺さりますように」と言うようになった。

より地位と名誉を得るためにそうなったのかもしれないし、オイラの気のせいかも。でももし本当にそうなら、それは別に普通のことなので責めたりはしない。ただただオイラの好みとは違うというだけで。

配信される番組に限らず、世の中に有るほどんどのものはちゃんとしてるし洗練されているんだよ。オイラはそれら全てが嫌いなわけではない。そんなわけ、あるはずがないだろうよ。そうだとしたら生きていけないよ。でもさ~。

自分たちの持つ面白さが分かっている時よりも、分からないなりに戸惑いながら不確かな未来を探してるときのほうが、見てる時は楽しいものなのかも知れない。

今年も孤独のグルメは年末に放送したようだし、映画もやっていた。オイラはもう追いかけるのをやめてしまったが、その理由と今回のラジオの件は似ているところがある。

 

こういう気持ちって差別とか偏見かもしれないな。プロにはプロっぽく、素人には素人っぽくいて欲しいっていうオイラの気持ちって「これはこうあるべきだ」っていう固定観念に自分や他人を縛り付けようとする行為だとも思う。だから、このことをブログに書くのをためらっていたんだよ。

このことを友人に相談したら「それが読みたいと思う人もいるかもしれないし、書かないと済まないこともあるから」と言ってもらえた。その通りだと思ったので、書いてみた。

なにか自分の気持ちが昇華されたり、より煮詰まったり、分からないことが分かるようになればいいなと思ったし。書いてみたら、昔からオイラはそういうことを他人にも、そしてオイラ自身にも求めながら生きているんだな、ということに気付いた。

まったく関係ない、昨日食べた甘夏の画像を見てお別れです。さようなら。



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ふだんはニコニコやYoutubeで動画投稿しています。興味があればプロフィールから覗いて下さい。趣味のことはこっちでも書いてます。