wander around holding a soft oval

日記や雑記を書いています。それらの違いは分かりません。

乱文

オイラはマストドンのあるサーバーに所属している。マストドンってのはSNSみたいなものだ。そこである投稿を目にして、それ以来ずっと考えている。

「この前、私がデモに参加しようとしたら、彼はすごく嫌がった。しばらく時が経って彼はある映画を見たんだけど、その影響で、デモに一緒に参加してくれるようになったの」こんな感じだった。

オイラはこの投稿を見て、結構こわいな、と思った。

オイラはまず、映画を見たことで考えがぐいっと変わったことに、こわさを感じた。もし信じているもの・いないものがあって、それがもし本当に、一つの映像作品によって変わったとなると、作品が与える影響というのは計り知れないのだなと。オイラは映画を普段から見ないので、未知のものという感じがして余計に怖がってしまった。でもそういうことは普通にある気がする。鬼滅の刃を見て大正ロマンにハマることってあるし。

そして、先程紹介した投稿の発言者は、それを喜ばしいこととして書いていた。その投稿に称賛が寄せられていたことだ。すごく怖い。自分の方に思想が寄ったことが、喜ばしいことかよ。誰かの映像作品によって”たまたま”他人の思想が変わったことが、それが称賛に値することなのかよ。うまく書けないけど、気持ち悪くなってしまうくらいには、こわかった。

「友だちを映画に連れてったら沼にハマっちゃって~」と同じようなことが起こっている気もする。アンタらは怖くないのかよ。オイラは怖いよ。

オイラはマストドンを始めて2年くらい経つ。マストドンでも、オイラにとって怖いこともヤベー奴も沢山存るなと、ずっと思っている。昨日は「男児を女児と同じくらい大切に育てることによって、健やかな精神を育むことが出来る」とか言ってる人が、やはり称賛を浴びていて、ドン引きした。

マストドンの仕組みをあれこれ解説するつもりはないが、割と偏った考え方の人の投稿がオイラの目には届いてくる。しかしその「反対側の位置」に存るであろう、偏った考え方の人の投稿は、届いてこない。今の社会に対しての批判はやってくるのに、社会への称賛はやってこない。その時点で、オイラはここも、どこも、どっこいどっこいじゃないかと思っている。

マストドンだろうがTwitterだろうが、心を強く持たないと利用できないなと、オイラは思う。怖いものに蓋をして、自分だけの小さな世界を作ったとしても、その外に広がっているもののことを、オイラは忘れることが出来ない。オイラはネットに向いていない。